遠い約束


 かつて授かりの英雄と謳われた私は今、英霊となり、サーヴァントとして魔術師の老人に召喚され、聖杯戦争を戦っている。
 この私を召喚するとは、つくづく運がいい。
 最強最高たる力を持つ私がいれば、マスターが聖杯を手に入れ、願いを叶えることは約束されたも同然だ。
 それは即ち、我が願いを叶えることにもつながる。
 永遠の孤独―
 人間としての生を全うした後に「座」という場所にあって数千年、ようやく叶えられるときが来た。
 そう思うと、愛弓アグニ・ガーンディーヴァを握る手にも力が入るというものだ。
 それに、年老いてはいるが、良いマスターだ。
 我が力を振るうために必要な魔力も申し分なく、何より、正々堂々と、常に誇り高く戦いに望む姿勢は我がマスターとしてふさわしい。
 そして、己がサーヴァントに妙な好奇心を持って、踏み込もうとしないのが良い。
「サーヴァントとして仕えてくださっているが、あなたは本来ならばわたしには分不相応なご身分のお方なのでしょう。ですので、わたしのことは魔力供給源とでもお思いになって存分に戦ってくだされ。」
「よろしい。だがご老体に無理をさせるつもりはないので、悪しからず。」
 そして今日も、マスターとともに充実した戦いを続けている。

 が、完璧なマスターにも問題が一つだけあった。
 それは彼の五歳になる孫娘だ。
 三年前に息子夫婦が事故死し、他に親類もなくひとりぼっちになってしまった孫娘を引き取って育てているそうだ。
 古びた広い館には、老人と幼い孫娘のみ。
 朝と夕方に通いの手伝いの老女が食事を作りに来るくらいなので、育ち盛りの幼子には退屈に決まっている。
 そんな生活の中に私が現れたものだから、幼子は喜んで私にまとわりついてくる。
「すまぬが、孫のリツカの相手をしてやってくれまいか。良い子なのじゃよ。」
「…は。」
 この命令だけは承服しかねたが、サーヴァントの身としては仕方がなかった。

 五歳の子供の相手など煩わしいだけだと思っていたが、リツカは元気でおてんばではあるが素直で聞き分けもよく、幼子にありがちな意味不明な我儘や癇癪に振り回されるということはないのは救いだった。
 ひなげしの色の髪にお気に入りだという黄色いリボンをつけ、琥珀色の瞳をくりくりと絶え間なく動かす幼子は、私には眩しすぎる輝きに満ちた命だ。
 マスターの依頼ではあるものの、できるだけ彼女を避けて逃げ回ろうとしたが、彼女の方が上手だった。
 こちらが逃げるより先に駆け寄ってきて、その場で躓いて転ばれては逃げるわけにもいかない。
 慌てて立たせて怪我がないか確認したりしているうちに、逃げそびれてしまうということの繰り返しで、間も無く逃走を諦めるに至った。

 紅茶を淹れてやり、大人しく絵本を読んでいたかと思えば、急に目を輝かせて、ねえねえ!と私を呼ぶ。
「アーチャーさんって王子様?ほらそっくり!」
 浅黒い肌に白い豪華な衣装の王子が、黄金の天蓋つきの鞍をつけた巨大な白象に乗っている絵本を見せてくれた。
 どうもインドではなくペルシャが舞台の物語のようだが、幼子には区別がつかないようだ。
「でもこの王子様よりアーチャーさんのほうがかっこいい!ねえねえ、あたしがお姫様だったら、ゾウさんに乗って迎えにきてくれる?」
「ありがとうございます。しかしお姫様はリスを追いかけて池にはまったりしないと思いますよ?」
「ぶー…いじわるー…」
 丸い頬をさらに膨らませ、足を行儀悪くぱたつかせる。
「あなたが成長して淑やかな姫君のような女性になったら、考えましょう。」
「うん、じゃあシトヤカナヒメギミになるね!王子様!」
「意味がわかっていないでしょう貴女…ちなみにその呼び方はできればやめていただきたいのですが。」
 生前のことを考えると、お遊びとはいえ、その呼び名だけは避けたい。
「でも、ほんとの名前は教えてくれないんだよね?」
「はい、申しわけありませんが、それは秘密です。」
「うーん、じゃあアーにいちゃんでいい?アーチャーさんじゃつまんない!」
 王子様からいきなり軽くなったが、そろそろ妥協せねばどんな呼び方をされるかわかったものではない。
「…わかりました。」
「へへ、アーにいちゃん!アーにいちゃん!」
 嬉しそうに妙なあだ名を連呼するリツカを見る己の口元がわずかにほころんでいることに、私は気づいていなかった。

 祖父のサーヴァントに自分だけの呼び名を決めた幼子は、こちらの気分などおかまいなしにますます懐いてしまった。
 何故か事あるごとに私を呼びつける。
 危ないからやめるよう制止する私を無視して庭の木に猫のようにするすると登って、かなり高い枝に座って得意げに手を振った瞬間、案の定落ちたリツカの下へすっ飛んでいって受け止めたときは、自分が人間より運動能力が飛躍的に向上したサーヴァントでよかったとつくづく思った。
 が、危うく転落死するところだった本人は、危ないことをしてはいけないと叱っても、口では反省の言葉を述べながらも、いわゆるお姫様抱っこに照れながらもはしゃいでいる。
「私がいたからよかったものの、貴女は怪我どころか死んでいたかもしれないんですよ。絶対やめてください。」
「でも、アーにいちゃんいたし!」
「ですから、いくら私でもその場にいなければ助けられませんよ。」
「だいじょぶ!アーにいちゃんは絶対助けに来ててくれるもん!」
「……。」
 なんなのだ、この絶対的な信頼は。
 共に戦うマスターは別として、いつ私がこの子にこれだけの信頼感を植え付けるようなことをした?
 全くわからないが、とにかくこのおてんば娘から目を離せないことだけは事実として突きつけられてしまった。

 その日も遊び疲れて寝てしまったリツカを背負って館に戻ってきたとき、マスターは申し訳なさそうに笑いながら、
「英霊殿に子守などさせてしまって、申し訳ない。わたしではもうその子について行けないでな。」
「…私はサーヴァントですから、マスターのご命令には従います。」
 できれば従いたくなかったが。
「その子は両親を失ってから、わしに気を遣ってか寂しいとは一言も言わずにおってな。まだ幼いのに健気なことだと思っておったが、こうしているとやはり寂しくて仕方がなかったのだな。アーチャー殿が来てくれて、本当に毎日嬉しそうじゃ。」
 はるか紀元前に生きた人間であり、青年の外見で現界しているだけだが、子供は少しでも自分に近い年齢の者と遊びたがるものだ。
 老人との退屈な日々に心の奥底では倦んでいた幼子が、その生活を変えてくれた私に対して必要以上に懐いてしまったのも無理からぬことかもしれない。
 マスターに頼まれたとはいえ、令呪で強制されているわけではなし、無視してもいいはずだったのだが、何故か毎日のように律儀にリツカの遊び相手をしている自分に、思わず苦笑が漏れる日々であった。

 今日は珍しく、絵本ではなく魔術書を開いている。
 まだ読めないのではないかと思うが、本人はいたって真面目な顔で本とにらめっこしている。
「その本は、貴女にはまだ早いでしょうに。」
 絵本をお持ちしましょうかと提案してみたが、細い首をぶんぶんと横に振り、
「あたしも大きくなったら、おじいちゃんみたいなすごいまじゅつしになるの!そのときはアーにいちゃんがさーばんとになってね!」
「私を呼ぶには、相当な魔力が必要ですよ?」
「うん、だからがんばってお勉強してるの!」
 言ってから、あ!と何か思い出したように声を上げる。
「あたし、アーにいちゃんのお嫁さんになるんだった!どうしよ!」
「待ちなさい、いつの間にそんな話に!?」
 予想外の展開にツッコミを入れても無視して、一人悩みはじめる。
 ああ、眩しい。
 この子はいつでも眩しすぎる。
 太陽のように―
 いや、違う。
 あれほど強烈な目を焼く光でもなければ、我が胸を焼き焦がす熱もない。
 きらきらと煌めく湖面のように、優しい眩しさだ。
 それでも、思わず手をかざして目をそらしてしまいたくなる。
「あ、そうか!両方なればいいんだ!まじゅつしでお嫁さん!」
「…そうですか。楽しみにしていましょう。」
 ツッコミを諦めてそう応えつつも、このような幼子が命がけの聖杯戦争などやらずに、きらきらとした光を宿したまま生きていける未来がくることが一番ではないかと思った。


 大方のサーヴァントを倒し、残る魔術師もあとわずか。
 もう少しで、この聖杯戦争はマスターの勝利でもって終わる。
 そんなときだった。
 館の周辺に、魔力が急激に集まって来た。
「…マスター。」
「うむ。」
 この館へ攻撃を仕掛けようというつもりらしい。
 白いマントを下から引っ張られて視線を落とすと、リツカがつるりとした眉根をわずかに寄せてこちらを見上げていた。
「アーにいちゃん…」
「この私がいるのですから、何も怖がることはありません。良い子にしてマスターと一緒に待っていらっしゃい。」
 マスターとリツカに見送られ、迎撃しようと階段を下りて館を出ようとしたとき、二階から何か重いものを倒したような大きな音がしたのと同時に、床がぽっかりと消えたかのようにふわっと力が抜けた。
 突然、魔力の供給が絶たれたのだ。
「マスター!?」
 慌てて部屋に取って返すと、リツカが泣きながら飛びついてきた。
「おじいちゃんが…!!」
 マスターは胸を掴みしめて苦悶の表情を浮かべたまま、床に倒れていた。
 魔力の供給が絶たれてしまったことからも、もはや事切れていることは間違いない。
 心筋梗塞というものだろうか。
 まさか、マスターの病死によって聖杯戦争からリタイヤすることになるとは。
 いや、リタイヤの理由などは今はどうでもいい。
 マスターが死んでしまったことにより、もはや自分は現界していられない。
 ということは、今ここで泣きじゃくっているリツカを守る者が誰もいなくなってしまうということだ。
 しかもちょうど今、この館は攻撃にさらされている。
 マスターが施した術具による結界がまだ踏ん張っているが、術者が消えた今、じきにそれも破られる。
 相手が幼い子供だからといっても見逃してもらえないのが聖杯戦争だ。
 聖杯戦争に参加する魔術師の館にいるリツカは、関係者として問答無用で殺されてしまうだろう。
 だが、もはや私の霊基は揺らぎ始めている。
 あと五分も保つまい。
 のんびりと考える時間はない。
 とにかく、ここからリツカを逃がさなければ。
 隠れるだけでは不充分だ。彼らは人間の気配を見逃したりはしない。
 マスターの死亡とサーヴァントの霊基消失が確認されればこちらは戦線離脱したと見なされ、リツカはその場にいなければ攻撃対象ではなくなる。
 そのためには、一か八かの賭けをするしかない。

 私の強大な魔力を、この幼子が僅かの時間でも支えられるだろうか?
 魔術師の素養があるとはいえ、とにもかくにも幼すぎる。
 それでも、このままではこの子は無惨に殺される。
 この眩いきらめきをどす黒い血で塗りつぶすことだけは…!
「リツカ!私と契約を!」
 一瞬でいい。
 今この館を囲む敵を一掃するには、一分もいらない。
 そして契約を解除して彼女を逃がし、私が消えればなんとかなる。
 ほんの一瞬だけでいいのだ。
「今、貴女を守るには、それしかありません!」
 自分の命に関わる危険極まりない賭けであることがわかっているのかいないのか、リツカは泣きながらすぐに頷いた。
 本気で私をサーヴァントとして召喚するために勉強していたらしく、舌足らずではあるが、契約の呪文をすでに覚えていた。
 小さな手の甲に、令呪が浮かび上がる。
 揺らぎ、薄れていた私の霊基が再び定まった。
「アーにいちゃん…あいつらやっつけて!」
「お任せを、マスター!」

 館を飛び出し、人の形すら成していない怪物じみた大量のホムンクルスたちの前に立ちはだかる。
 どうか、宝具を解放するだけの魔力放出に耐えてほしい。
 強大な魔力があるからこそ、私は強い。
 が、今はその強さ故に誰よりも守るべきマスターの命が危険に晒される。
 なんたる皮肉であろうか。
 勝負はこの一撃のみ。
 破壊神の力を宿す青い閃光が、館の周囲を焼き払った。

「マスター!!」
 床に倒れた小さな体を抱き起こす。
 その顔は紙のように白くなっており、明らかに魔力の急激な消耗によるダメージを受けている。
「マスター、マスター、しっかりしてください!」
 命を守るためにやったことで死なせてしまっては、本末転倒だ。
 しかし目の前に突きつけられた現実は残酷だ。
 たった五歳の、魔術師の卵にもなっていないような魔力の制御もできない幼いマスターから、まだ魔力が私へ流れ続けている。
「…やっつ…た…?」
 長い睫毛が震え、うっすらと瞼が持ち上がった。
「はい、もう大丈夫です。ですからもう良いのです、私との契約を解除してください!」
「…や…だ…おじいちゃん…死んじゃっ…に…アーにいちゃんまで…いなくなっ…やだ…ひとりぼっち…やだ…やだよぉ…」
 私の手を小さな手が掴みしめ、琥珀色の大きな眼から、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「貴女が呼べば、私はいつでも馳せ参じます!ですから今は一旦契約を解除してください!でないと貴女が死んでしまう!」
 …やだ…やだ…一緒にいて…ひとりぼっちにしないで…
 ほとんど声にならない声が、震える唇から命と一緒にこぼれていく。
「ひとりぼっちになどしません!ですから…」
 求めてくるすべてを振り捨ててあれほど孤独を願った私が、たった一人の幼子に求められ、それに応えられない絶望に打ちひしがれようとは。
 リツカの唇が痙攣し、すうっと引くように呼吸が止まる。
 それでもまだ私の手を掴む小さな指には力があり、彼女の命の火が消えていないことはわかる。
 この火を消してなるものか。
「マスター…リツカ、リツカ!!」
 幼いマスターの顔に覆い被さり、小さな唇に己の唇を重ね、私に渡ってしまった魔力を戻そうとする。
 しかしこちらから戻る魔力より、供給される魔力の方が多い。
 どれだけ押しとどめようとしても、彼女の魔力が、命が流れ出す。
 幼い彼女の魔力は穢れなく、ヒマラヤの雪解け水のように清らかで心地よい。
 が、それは彼女の命そのものなのだ。
 唇を離したとき、浅い呼吸に混じってかすかに声が聞こえた気がした。
「…やく…そ……」
 急いで耳を寄せ、その声を聞き取ろうとする。
 …いつかきっと、あたしといっしょに…
「私の真名はアルジュナです!必ず…必ず、お待ちしていますから…!」
 こちらの声は届いたのだろう。
 それはそれは嬉しそうに微笑んで、色を失ってしまった唇が我が名を呼ぼうとかすかにわななく。
 死の淵にありながら、なんと幸せそうに笑うのだろう。
 その笑顔は、なんと愛らしいのだろう。
 ぷっくりとした?に触れようとした瞬間、その掌から滑り落ちるように小さな首がかくんと倒れ、腕の中の小さな体が一気に重みを増した。

 祖父であるマスターの後ろから顔をのぞかせながら、恥ずかしそうに挨拶をしたリツカ。
 どれほど逃げられても邪険にされてもめげず、子犬のようにまとわりつくリツカ。
 根負けした私に、アーにいちゃんなどと変なあだ名をつけ、これでもかと甘えて来たリツカ。
 どうしてもとせがまれて寝しなに絵本を読んでやると、読み方がつまらないと文句を言いながらも、また翌日も絵本を読むようにせがんできたリツカ。
 祖父の真似をして手の甲に令呪をチョークで描き、私を従える魔術師ごっこをして楽し気に笑うリツカ。
 私が淹れた紅茶をおいしそうにおかわりし、一緒におやつを食べようと誘うリツカ。
 庭の木に営巣した鳥の卵が孵るのを今か今かと待ち、せっかく孵った雛の一羽が巣から落ちて死んでしまったとき、大泣きしながら祖父に治してくれと頼んで困らせていたリツカ。

 三ヶ月。
 たったそれだけの短い間なのに、くるくると変わる幼子の表情は、いくらでも瞼の裏に溢れてくる。
 マスターの孫娘。
 ほんの一瞬だけ契約を交わしたマスター。
 たったそれだけの存在なのに。
 温かく柔らかかった小さな体からは、急速に熱が失われていく。
 彼女の命を、魔力ごと私が奪ってしまったのだ。
 老いたマスターが聖杯にかけようとした願いは、愛しい孫娘が幸せに生きることだったというのに。
 その願いをどうやっても叶えられなくしたのは、マスターの願いを叶えるための道具であるはずのサーヴァントたる私だった。
 最強のサーヴァントを自認していながら、それ故にマスターを死なせてしまうとは、なんたる無様。
 施しの英雄と謳われたあの男ならば、彼女を助けられたのだろうか。
 取り返しのつかなくなってしまった今、何の救いにもならぬ後悔だけがぐるぐると巡る。
―ひとりぼっちにしないで…
 無邪気にはしゃぐ彼女が心の奥底に隠していた叫びに気づいてさえいれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
 私が願っていた永遠の孤独がこんなことで得られても、嬉しくもなんともない。
 私を授かりの英雄というならば、彼女の命を私に授けてくれ。
 今すぐ、リツカの命を返してくれ。
 そんなことも叶えられず、何が授かりの英雄か。
 今になってわかった。
 私はリツカが愛おしかった。
 何の打算も裏もない無邪気な好意を全身全霊でぶつけてきた純粋な魂が好ましく、マスターの命令など関係なく守ってやりたかったのだ。
 小さなマスターの体を抱え、霊基が崩れ始めた今、最期の力を振り絞って彼女を祖父の隣へ運んでやる。
 祖父の亡骸の傍にそっと横たえたときには、二人のマスターが金色の光に包まれていた。
 いや、光に包まれているのは私だ。
 視界が金色の眩い光に飲まれていく。
「貴女の声が聞こえたなら、必ず私は応えましょう。その時は貴女を決してひとりぼっちにはさせません。約束します…リツカ…」
 先に逝かれてしまったマスターの無念の顔容を、己が死なせてしまったマスターの幸福に満ちた顔容を瞳に焼きつけながら、私は光の粒となって消えた。



 強く、強く自分を求める力に、深い水底から引きずり上げられるような感覚に相まって、意識が形成され、己という存在が形を成していくのを感じる。
 重いまどろみから覚めるように、ゆっくりと瞼を持ち上げると、人工的な光が瞳を刺す。
「え、うそ、もしかして、もしかして来た!?やれちゃった!?」
 眩しさに一瞬白い闇に呑まれた視界はすぐに戻り、改めて視線を落としてみれば、目の前には腰を抜かしたようにへたりこんでいる少女がいる。
 ひなげしの髪と琥珀色の瞳が、インドラの雷のごとく胸を貫き、心臓が跳ね上がる。
 魔法陣の中で黒曜の瞳を見開いたまま立ち尽くす私に、彼女は急いで立ち上がって手を差し出してきた。
「私、マスターの藤丸立香です!来てくれてありがとう、よろしく!」
 そのきらきらとした湖面のような笑顔の眩さに、思わず目を細める。

 …ああ…

「サーヴァント、アーチャー、アルジュナと申します。マスター、私を存分にお使い下さい。」

 あのときの約束を貴女が果たしてくれた今、私も約束を果たしましょう―




fin.


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