つい先ごろ、立香は最強クラスのアーチャーのサーヴァントであるアルジュナを召喚することができた。 新たなサーヴァントを召喚すると、しばらくカルデアでもレイシフトでも一緒に行動し、彼ら英霊への理解を深めようとするのが立香の常だった。 今回も同様に、アルジュナと供に過ごそうとした。 が。 通称マイルーム担当、ようするに立香の付き人に指名された瞬間から、この英霊はおんぶお化けと化していた。 マシュとおしゃべりしているときも。 食事をするときも。 次のレイシフト先について打ち合わせをするときも。 カルデアのスタッフやサーヴァントたちは、格好の娯楽ができたとばかりに、にやにやしながらインド人に取り憑かれた彼らのマスターを観察している状況だ。 戦闘中は渋々離れてくれるが、戻ってくれば風呂にまでついてこようとする有様で、阻止するのに一苦労したものだ。 いや、過去形ではない。 毎日苦労している、現在進行形だ。 カルナから聞いていた彼の性格や、以前レイシフト先で出会ったときの印象とはかなり違うような…と思いつつ、何故こうも自分に取り憑…もといくっついていたがるのか聞いてみたところ、ぽつぽつと語ってくれたのだった。 「え、えーと…ようするに、昔のいつかの聖杯戦争で私が魔術師の孫で?その魔術師がアルジュナのマスターで?いろいろあって、私が死んじゃった…と?」 「…はい…私が死なせてしまったのです…」 ベッドの上で、立香はアルジュナの胸に背をもたせかけて膝の間に抱えられている。 強弓を軽々と引く逞しい腕が後ろから立香を抱え込み、身動きがとれない。さらに後ろから頬を寄せられているため、彼が話すたびに吐息が耳元やこめかみにかかり、何ともこそばゆい。 ちらりと視線を後ろへ遣ると、黒曜の瞳をさらなる悲しみの闇が覆ってしまっている気がして、ついつい彼のなすがままになっていた。 「サーヴァントって、召喚のたびに生前以外の記憶はまっさらになるんじゃなかったっけ?」 基本的に英霊は前回の召喚時の記憶はないと言われるが、アルジュナの場合はその記憶は強烈に零基に刻まれていたらしく、しっかり残っているという。 「あなたが覚えていなくても、私は確かに覚えています。あれは、貴女です…私が死なせてしまったのは、貴女なのです…」 立香の体を抱く腕に、ぎゅうっと力がこもる。少し苦しいが、その気になれば石柱さえ抱き潰せるパワーを持つ男なので、ちゃんと加減はしてくれているようだ。 「そっか…これがリアル前々々世から探してたってか…それで召喚した日から三日、人の部屋に居座ってる…と。」 少しでもアルジュナの気分を高揚させようと軽口を叩いてみるが、あまり効果はないようだ。 溜息を吐きながらも、実は自分も胸の奥深くで心が打ち震えているのを感じる。 この気持ちは、今現在の自分のものか。 アルジュナの言う、かつて生きた自分のものか。 立香が頭を後ろへ傾けると、アルジュナの肩に頭をもたせかかる形になる。そうすると少し横に向いただけで唇が触れそうで、思わずどきりとして視線を逸らす。 今の話は本当だろうか。 前世か、その前か、かつて生きていた自分と同じ魂を持った少女とアルジュナの物語。 目を閉じて彼の口から語られた物語を思い起こし… いきなり両目を見開いた。 それまでアルジュナに抱えられて座っていた立香が、くるりと向き直ってアルジュナと対峙する。 アルジュナがどうしたのかと問うより先に、鼻先に指を突きつけ、それまでと一転して険しい表情で一言言い放った。 「嘘つき!」 「は!?私がいつ嘘を!?」 心底意外だと言わんばかりに、アルジュナが眉間にたてじわを刻む。 あーあー美男子はそんな顔しても麗しいですね! とにかく!! 「だって、私が呼んだらすぐ来てくれるなんて言ってたくせに、全然来てくれなかったし!」 「あ、いや、それは…」 あからさまに泳ぐ黒曜の瞳を見据え、立香はなおも畳み掛ける。 「アメリカの特異点で会えてたのに敵にまわるわ、助けてくれたと思ったら消えちゃうわで来てくれなかったし!カルナはすぐ来てくれたのに!」 「あ、あの男の名を口にしないでいただきたい…!」 「ごまかすなー!アメリカから帰ってきてから、アルジュナに会いたくてずーっとずーっとずーーーーーーっと召喚し続けてたんだよ!?賢王様ですら聖晶石三十個で来てくれたし、あのマーリンなんか呼符一発でさくっと来てくれたのにだよ!?この調子ならアルジュナもきっと来てくれる!と思ったのに、アルジュナどころかカレー一皿も来やしない!邪ンヌでさえ偽物だけど召喚できてたのに!おかげでアーチャー揃いすぎて、円卓戦もちょろかったわ!」 怒涛のようにまくしたてられるが、ぐうの音も出ない。 「あんまりアルジュナが来てくれなさすぎて私が落ち込んでたときも、『大丈夫だ、あいつは必ずマスターのところへ来る。だからしっかりと準備を整えておくといい。』ってカルナが言ってくれてさ!アルジュナが来てすぐにレベルMAXになったのだって、種火とか素材とかいろいろ、過労死するんじゃないかってくらいカルナが頑張って集めてくれたんだから!あ、ラーマくんとかパールちゃんとかも手伝ってくれたから、他のインドチームにもお礼言っといてね!パールちゃんなんか、『最終手段として私が夫に頼んでみる手もありますから、泣かないでくださいね』って慰めてくれたし!」 …危うくシヴァ神が敵にまわるところだったとは。 「…一年以上…待ってたんだから…」 怒りを漲らせていたものが一転してくしゃりと顔が歪み、大きな琥珀の目に涙が滲む。 「も…申しわけありませんでした。私も同じ過ちを繰り返さぬよう新たに単独行動スキルを身に着けたり、あなたが魔術師として育つのをお待ちしておりましたので…」 涙目で睨む立香と向き合っていられず、視線を逸らしながらつい弁解してしまう。 「…私、魔術師としては未だにへっぽこだよ。カルデアにサポートしてもらってなかったら、未だにアンリマユくらいしか召喚できないし。」 「成長するのをお待ちしていたのです…い、いろいろと…」 「いろいろって何よ!?」 我ながら苦しすぎる。 案の定、唇を尖らせた立香に突っ込まれたが、もうこうなったら開き直るしかない。 「いろいろとは、いろいろです!マスターとして戦闘経験を積むとか、サーヴァントの運用に慣れるとか、出るところが出て引っ込むところが引っ込むとかです!胸だって去年よりサイズアップしたと聞いていますよ?待った甲斐があったというものですよ!」 「そんな個人情報漏洩したの誰だー!!後半から言い訳のために自分のキャラ全力でぶっ壊す発言してるけど、いいの!?きっと十三億の全インド人が泣くよ?」 「あなたにわかっていただくためなら、何を壊したってかまいません。」 「ふーんだ!ロリコンのくせに。」 ぷいっと横を向かれるが、それはさすがに聞き捨てならない。 頬を片手で挟むようにして、強引にこちらに向きなおさせる。 「誰が幼女趣味なものですか!」 「五歳児に惚れといて、それがロリコンじゃなくてなんなのよ!」 「ですから、大人になるのを待つと申し上げていたでしょう!?揉める乳もない幼児など眼中にありません!!」 売り言葉に買い言葉で爆弾発言を連発しているが、発する側も受け取る側もやけくそで、そんなことにかまっていない。 とは言え、立香は向かい合ってアルジュナの膝に抱えられているままだ。胸によりかかっていた先程の体制から接触面積は減っているが、顔の近さは格段に上がっている。 鼻先がくっつきそうな状態で言い合いを繰り広げている二人を他人が見れば、犬も食わないなんとやらでしかない。 「…五歳児にちゅーしたくせに。」 「あれは止むに止まれぬ事情による緊急対応です。魔力供給の必要がなければ、しませんでしたよ!それに…」 がしっと後頭部を掴まれたかと思うと、立香が声を発する間もなく、唇を重ねられた。 驚いて開いた唇の隙間から舌がねじ込まれ、あっという間に舌を絡め取られる。 歯列を、口蓋をねぶられ、強弓で鍛えられた胸筋を叩く拳から見る見る力が抜けていく。 マシンガンのように絶え間ない言い合いから一転、室内には水音と苦しげな吐息だけが淫靡に響く。 後頭部と腰を支える腕にかかる重みが増したとき、ようやくアルジュナは立香の唇を解放してやった。 名残惜しむように唇をなぞってから離れた舌から唾液が滴り、いつの間にやら器用にはだけられていたシャツの隙間から顕わになった白い胸乳にぽたりと落ちる。 呼吸もままならなかった状態から解放されて喘ぎながらも呆然とする立香に、満足そうに二人分の唾液に濡れた口元を己が舌先で拭いながら、 「くちづけとは、こういうものを言うのです。おわかりいただけましたか?」 「……は、はひ…」 トマトのように真っ赤になって目を回しながら、嗚呼これぞまさしくドSの先輩…などとぼんやり思いながら頷くしかできない。 「遅くなってしまいましたが、こうして約束のうちのふたつは叶えたわけですから、どうかご容赦ください。残るひとつの約束も、必ず叶えましょう。」 「え…なんだっけ…」 「大聖杯を手に入れた暁には、受肉いたします。その上であなたを娶りましょう。」 「う、え、めと…!?」 「あなたのサーヴァントになる、これは叶いました。ひとりぼっちにはしない、これも現在進行中です。残るは、私の妻になってくださる、という約束です。」 「え…え、永遠の孤独が欲しいんじゃなかったっけ?」 「そんな厨二的な願望など、どうでもよろしい。私が来たからには、人理修復だろうが大聖杯だろうが思うままですよ。今のうちにゼ○シィでもたま○よでも読んで準備しておきなさい。あ、幼児に興味がないと言っても、貴女と私の子供なら別ですよ。貴女によく似た娘など、さぞかわいいでしょうねえ。その子を嫁にしたければ、私を倒してから文通から始めさせます。」 うわあ…どうしてくれる前世の私!あんたのせいで徹底的に拗らせちゃったよこの英雄さま! ドン引きしながらも、その心は引き切らない。 アルジュナとこうしていることに、喜びに震えている自分がいることを自覚している。 本当はアルジュナに会えて嬉しくてたまらないくせに。 それなのに、つい意地悪なことを言いまくってしまった。 これで嫌われたらどうしよう…などと相反する感情を持て余し、真っ赤になったまま子供っぽく?を膨らませていると、 「…まだ怒っていらっしゃいますか?」 長い睫毛に縁取られた黒曜の瞳が潤みを帯びてこちらをじっと見つめて来る。 そんな顔しないでよ、ずるいなあ… 捨てられた子猫のような不安に曇る表情に心臓がぎゅっと痛むが、あれだけ待たされたのだから、少しくらい仕返しをしてもいいはずだ。 「……そりゃそうよ。約束破って女の子待たせるなんて、最低。ロリコン疑惑も晴れてないし。」 「…わかりました…」 小さくため息を吐く。 ふいに立香の視界が傾き、仰向けにベッドへ倒れる。 しかし背中が支えられていたので、衝撃はない。 何が起きたか把握するより早く、胸乳に落ちた唾液をぺろりと舐め取られ、ぞくりと身を震わせるた。 「ひゃ!な、なん…」 「これだけ言葉を尽くしてもご理解いただけないのでしたらば、仕方ありません。貴女にご納得いただけるまで、貴女への愛をこの身をもってじっくりたっぷりご説明いたしましょう、リツカ。」 「ごめんなさい納得しました!納得しましたから、わー!!」 「とてもそうは見えませんね。」 「何そのむっちゃ悪者全開な笑顔!ほんとは悪属性なんじゃ…」 抗議の声は再び覆いかぶさってきた唇でもって封じ込められた。 もがいてみたところで、種火フル投入の筋力Aのサーヴァントに毛ほどもかなおうはずもなかった。 これまでも他の英霊たちにも会いたくて頑張って召喚しまくっていたが、アルジュナだけは言いようのない焦燥感に駆られて必死に召喚を繰り返していた。 その理由が、ようやくわかった。 やっと会えた! 会いたかった、会いたかった会いたかったあなた! 魔法陣からアルジュナが現れたときに涙が出るほど嬉しかったのは、失敗を続けていた難しい召喚がやっと成功して最強クラスのサーヴァントが来てくれたためではなかった。 これは再会だったのだ。 自分自身の記憶にない、遥か過去からの約束。 思っていたのと若干…いや、かなり違ったけれど、魂が震えるほどに嬉しくて、しかしやはりとにかく怒涛の展開に心が追いつかず、あっけなく放り投げられるシャツを横目に見送ることしかできなかった。
fin.
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