恐怖のファンシーフォーム



 最後の決戦に備えて、ファイアウォールで修行を続ける。
 急がなければならないが、失敗するわけにはいかないのだ。万全を期してから臨みたい。
 かなり長いこと修行しているうちに、だんだん疲労がたまってきた。
「ねえフェイト、そろそろ戻ろうよ。私、もう限界だよ…」
「そろそろ腹も減ってきたしな。」
 ソフィアとクリフの提案に、フェイトが頷いたときだった。
 彼らの間に、突然真上から敵が降ってきたのだ。
「!」
 ペルソナの群れだ。人のような姿をしているが、プログラムの一種だ。そのため不規則に発生し、どこから現れるとも気配が読みづらい。
 慌てて散開するが、陣形が崩れてしまう。
「きゃあ!」
「ソフィア!」
 逃げ遅れたソフィアがペルソナの攻撃を受けて倒れる。彼女に止めをさそうとするペルソナにリフレクト・ストライフを食らわせて弾き飛ばし、急いで助け起こす。
 その間にも、急襲の混乱は続いていた。
 銃攻撃と術を主体とするマリアは、接近戦を避けたかった。銃をかまえながらなんとか間合いをとろうとするが、敵のほうが早かった。狙いを定めるより早く、ペルソナが目の前に迫ってくる。
「あぶねえ!」
 横から飛び込んだクリフが、剣を振り下ろそうとする敵の腕を払い、殴り飛ばす。マリアはすかさずその背後に隠れながら、引き金を引いた。
「魔掌壁!」
 気の結界でペルソナを弾き飛ばしたアルベルは、敵が仰け反った瞬間に双破斬を叩き込む。
 容赦ない斬撃に敵が倒れたのを確かめ、素早く周囲の様子を見る。
 そんな彼の頭上を、空気を切り裂いて飛ぶものがあった。
 ネルの短剣が、ブーメランのように飛んで敵を切り刻む。
 遠距離の敵にも強力な攻撃を加えられる、黒鷹旋だ。
 しかしあの技はかなりの体力を消耗するはずだ。
 案の定、それを連発したネルは肩で息をしていた。
 敵とて、弱っている攻撃対象を見つければ容赦なく攻撃を集中する。
 ペルソナたちが頭上に手をかざし、そこに光が凝縮される。
「!」
 その光が、四方からネルに放たれた。
 咄嗟に跳んでかわそうとしたが、疲労のためか膝ががくんと抜ける。
「…っ!」
 まずい!
 その瞬間、横から突き飛ばされた。
 床に倒れながらも振り仰いだネルの目の前で、その光を全身で受けたのは、
「アルベル!?」
「ぐ…っ!!」
 眩い光が、視界いっぱいに広がる。
 真っ白になった視界が元に戻ったのは、数呼吸を置いた後だった。
 まだ光の残像が残る目を開ける。が、自分をかばってくれた相手の姿がない。
「!?」
 慌てて周囲を見回す。
 まさか、あの光で消え…
 頭の先から血の気が引いたネルの視界の隅で、何かが動いた。
「アル…っ」
 はっとしてそちらを見ると、そこに蠢いていたのは…
「きゅぅ〜…」
 バーニィだった。
「あ…?」
 小さな金色っぽいバーニィが、てっぺんだけ暗褐色の頭を振りながらよろよろと丸い体を起こす。
 その後頭部から、二本の触手のようなものが生えている。
 …まさか。
 そのバーニィを引っつかんでこちらを向かせる。
 やたらと目つきの悪い、かわいくないバーニィの目は、真紅だった。
「あ…そういや、ファンシーフォームとかいう技を使う敵だったっけ…」
 ペルソナは、相手をバーニィやらかぼちゃやらに変えてしまう能力を持つ。
「はー…びっくりした。」
 これならば問題はない。時間が経てば元に戻る。それまでの間、敵の攻撃を受けないように逃げていればいいのだ。動けないかぼちゃになるよりはましである。
 とりあえずは自分をかばったせいでバーニィになってしまったのだからと、ネルはプリン色のバーニィを小脇に抱えて逃げ回ることにした。
 その間に、フェイトやクリフがペルソナたちを倒していってくれる。
 ソフィアとマリアが精神力を使い果たしはしたが、なんとか敵を蹴散らすことができた。
 …が。
「…まだ戻らないのかい?」
 ネルの手の中で、プリン色のバーニィがじたばたと暴れている。戻らないことに苛立っているらしい。
 戦闘を終えた皆も、集まってくる。
「これ、アルベル?」
「っきゃ〜〜!かわいい〜!」
「…どこが?」
「きゅーっっ!!」
 ソフィアに撫でくり回されて、プリン色バーニィはぶんぶんと頭を振った。その仕草に、ソフィアはさらに大喜びだ。
「おかしいなあ、ファンシーフォームって確か二十秒もしないうちに戻ったよなあ。」
「だよねえ。」
 ネルも首をかしげながら、あの瞬間の様子を思い出してみる。
 確か、あの技を放ったペルソナは一体ではなかった。
「まさか、そのせいで…」
「一度に重複して術をかけられたことによって、効果が切れるのが遅くなっているのかしら?」
「だとしたら、ますます帰らないとまずいぜ。この中で今まともに戦えるのは、俺とフェイトだけだぜ。」
「そうだね、早く戻ろう。」
 それからできるかぎり敵と接触しないようにしながら、急いでサーフェリオまで戻った。

 夕方になってロジャーの父である村長の家に着いても、アルベルはバーニィのままだった。
 フェイトたちが泊まってくれると知り、ロジャーは大喜びで出迎えた。
「おう、子分は遠慮しないで、親分の家でくつろぐじゃんよ!」
 相変わらず何か取り違えているが、子供の言うことなので皆放置している。
 ロジャーは一行の顔をきょろきょろと見回し、目当ての女性の顔を見つけた。
「いらっしゃいませ、おねいさま!」
「やあ。いつも世話になるね。」
「いえいえ、おねいさまなら、いつでも大歓迎です!」
 揉み手しながらも、ネルが抱えているそれに気づいた。
「ん?その目つきの悪いバーニィはなんですか?」
 ぎくっ。
「あ、いや、その…途中で拾ったんだ。」
「ふーん…」
 ロジャーがプリン色バーニィの顔を覗き込む。と、それを避けるように横を向いた。
「なんだよ、おねいさまに抱っこしてもらってるくせに、かわいくない奴だなあ…」
 言いながら、ふと何かに気づいた。
「そういえば、こんな色の奴をどっかで見たような…」
 必死に顔を背けても、バーニィの体では限界がある。ロジャーはぽんと手を打って、
「あ、そうじゃんよ!あのプリ…っ!!」
 ロジャーの顔面に、強烈なバーニィキックが見舞われた。
 小さくても、バーニィの唯一の武器でもある脚力はすさまじい。
「あ!こら…!」
 ロジャーを向こうの壁まで吹っ飛ばしたプリン色バーニィは、ネルの腕から飛び降りて外へと飛び出した。 
「…まあ、あんな状態じゃ仕方ないわね。」
「今回ばかりは同情するぜ…」
「まったく、あんな格好でどこ行こうってんだい!」
 文句を言いながらも、ネルは脱走バーニィのあとを追った。

「…きゅう…」
 最初は腹立たしかったものが、だんだんへこんできた。
 あのときは何も考えていなかった。
 ネルが危ないと思って、咄嗟に体が動いていたのだ。
 それがまさか、こんなことになるとは。
 これではまだ瀕死の重傷を負って行動不能になるほうがましに思えた。
 湖の上にわたされた橋の上から、湖面を覗いてみる。
 そこに映っているのは、やはりバーニィだった。
「きゅー…」
 何か声を出そうとしても、マヌケな甲高い鳴き声しか出ない。
 周囲に人魂でも漂っていそうなほどに暗く落ち込んだバーニィを、道行く人々は怪訝な顔をして見ている。
「ん?なんだこいつ!」
「変なバーニィがいるでやんす!」
「これは珍しい色ですね!」
 子供たちの声にぎょっとして振り返ると、そこにはいつだったか、ロジャーと一緒に群れていた子ダヌキたちがいた。彼らがルシオとドライブとレザードだなどと言っても、そんなことは知ったことではない。
 なんとなく、いやな予感がする。
 妙な好奇心をいっぱいにその目に輝かせながら、プリン色のバーニィに迫ってくる。
「…!」
 プリン色バーニィは、踵を返して逃げ出した。
「あ!待ちやがれ!」
「捕まえるでやんす!」
「きっと新種に違いありません!」
 冗談ではない。
 ガキなんぞに捕まったら、どうなるかわかったものではない。
 いつもなら、あんなガキどもなど蹴飛ばして終わりなのに。
「きゅう〜〜〜!!」
 寄るなクソ虫ども!
 狭い橋を、必死に走る。
 幸い、バーニィなので足は速い。メノディクス族の子供など、簡単に引き離せる。
 と、前方からやはり見覚えのあるメノディクス族の子供が歩いてくる。
「メルト〜!そのバーニィ捕まえろ〜〜!」
 ずっと後方から、必死に走りながらルシオが怒鳴る。
「……。」
 その声に応えるように、無口なメルトがいきなり立ち塞がった。
「!?」
 突然目の前に立ち塞がられ、避ける暇とてなかった。
 思い切り激突し、プリン色バーニィの軽い体が宙高く飛ばされる。
「きゅ…!?」
 落ちていくその下にあるものは…遺跡を飲み込んだ、深い水だった。
 じゃぽーん!
「あー!」
 子供たちの声が聞こえる。
 なんとか這い上がろうとするが、バーニィの体はうまく動いてくれない。
 短い手足がじたばたともがくだけで、ぶくぶくと沈んでいく。そうか、バーニィは泳げなかったのか、などと感心している場合ではない。このまま溺れ死ぬなど、冗談ではない。
「〜〜〜っ!!!」
 口から泡がこぼれた瞬間、勢いよく上に引き上げられた。
「ぷきゅーっっ!!」
 水面に出た瞬間、急いで水を吐き出す。
「大丈夫かい!?」
 振り返ると、水に飛び込んだネルが血相変えて自分を抱え上げてくれていた。
 プリン色バーニィが無事なのを確かめると、橋の上に上がる。
「まったく、世話かけるんじゃないよ!」
 ずぶ濡れになったプリン色バーニィをやはりずぶ濡れのネルが怒るが、口調の割にその目は怒っていない。むしろ動揺しているようにも見えた。
 急いで村長の家に戻ると、ロジャーの母親にお湯を張った盥を用意してもらった。
 ネルがやろうとしていることに気づいて暴れたが、問答無用で盥に突っ込まれる。
「こんな冷える日に水になんか飛び込んで、風邪でもひいたらどうすんだい。」
「きゅきゅー!」
 それよりおまえが先に風呂入れ、阿呆。
 濡れたままでプリン色バーニィをお湯に漬けるネルにそう言っても、バーニィの言葉では通じなかった。

 ネルのおかげでルシオたちの魔の手から逃れられはしたが、まだ危機は去っていなかった。
「いや〜〜ん!アルベルさんかわいい〜〜!!」
「きゅーーーー!!」
 かわいいもの大好き少女ソフィアがいた。
 世の中、かわいいバーニィはいくらでもいるだろうに、何でよりによってこんなに目つきの悪いバーニィがかわいいのだろうか。
 家の中じゅう追いまわされるのを見ながら、フェイトもクリフもマリアも溜息を吐く。
「…全然戻る気配がないなあ。」
「さすがに気の毒ね。」
「明日になったら、ディプロに連れてって解析してみるか?」
 外に出ればガキどもが、中にいればソフィアがいる。プリン色バーニィに逃げ場はなかった。
 村長の家に宿泊する際に恒例の、長くてつまらない話を延々と聞かされて後にやっと開放された頃、プリン色バーニィはとぼとぼとテラスに出ていた。
 一体、いつになったら戻るのだろうか。まさか一生このままではないだろうか。
 これほど落ち込んだのは、かつて父を死なせた時以来と言ってもいい。
 戻れないこともいやだが、あの女がずっと不安そうな目をしているのもいやだった。
 大きく溜息を吐いたプリン色バーニィの後ろで、扉が開く音がした。
「また脱走するつもりかい?」
「……」
 もはや、振り返る気力もない。
 ネルは落ち込んでいるプリン色バーニィの隣に座り、そこだけ色の違うてっぺんの暗褐色の毛を指先でぐりぐりと撫でた。
「…私のせいでこんなことになっちゃって、悪かったね。」
「……」
「そういえばまだ、礼を言ってなかったね。ありがとう、本当ならこうなるのは私だったんだね。」
「……」
「そんな情けない顔しないでほしいね。あんたがそんな顔してると、どうしていいか困るよ。」
 てめえこそ、なんでそんな情けねえ顔してやがる。
 心の中の声など聞こえるはずもない。ネルはプリン色バーニィをそっと持ち上げて膝の上に乗せ、
「明日、マリアの船でなんとか戻せないかやってくれるって言うからさ。そしたらきっと戻れるよ。だから…」
 何か言いかけて、口をつぐんだ。その顔がどことなく泣きそうにも見えて。
 ネルはプリン色バーニィを抱え、男たちがあてがわれているロジャーの部屋の前を素通りする。そして女たちがいる客間も素通りした。
「きゅ?」
 どこに行くのだ、と言いたいのはわかってもらえたらしい。
「ロジャーがいるところにも、ソフィアがいるところにもいたくないだろ?」
 どちらにしろベッドが少ないので、ソフィアとマリアにベッドを譲り、自分は屋根裏に布団を敷いてもらったのだと言って、梯子を上っていく。
 荷物などが押し込められた屋根裏の片隅に敷かれた布団に、ネルはプリン色バーニィを胸に抱えて潜りこんだ。
「きゅ…」
「仕方ないだろ。今日は寒いからね、特別だよ。」
 目を閉じたネルの顔を見上げる。
「…きゅー。」
 てめえ、俺が男だってこと忘れてやがるだろ。
 柔らかな胸に顔を押しつけられたプリン色バーニィの長い耳に、小さな呟きが聞こえた。
 それはアペリス神への、祈りの言葉だった。
―早く元に戻りますように…
「……」
 バーニィの鋭い聴覚でなければ聞き取れなかったであろう小さな祈りを聞かなかったふりをして、静かに目を閉じた。

 天窓から差し込む朝日が瞼越しに目を刺す。
 目を閉じたまま少しずつ覚醒していくうちに、胸の辺りに重みと圧迫感を感じた。
「……?」
 手で朝日を遮りながら、ゆっくりと目を開ける。
 と、自分の顔のすぐ下に、暗褐色と金の色があった。
 そうだった。昨日、プリン色のバーニィを抱えて寝たのだった。
 溜息を吐き、もう一度視線を下ろす。
 と、スミレ色の瞳が大きく見開かれた。
「あ…!」
 そこにいるのは、プリン色バーニィではなかった。
 自分の体を抱いて胸に顔を埋めて気持ちよさそうに眠る、人間の男だった。
 戻った…!
 その肩を叩こうとしたが、ふとその手を止め、暗褐色と金の頭をそっと抱いた。
「よかった…」
 偶然か、祈りが効いたのか。どちらでもかまわない。
 あんなかっこじゃ、こうして私を抱いてくれることができないじゃないか…
 二つの色が入り混じった髪に頬を寄せ、ネルは再び目を閉じた。
 その後うっかり二度寝した隙に、起こしに来た仲間たちにこの現場を目撃されたことは言うまでもない。


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