手作り



 ディプロ内での食事は、クルーが交代で食堂でとることになっている。
 それはクォークのメンバーであるマリアたちだけではなく、移動の際に乗せてもらっているフェイトたちも同じようにさせてもらっていた。
 食堂に入り、好きなメニューを選んでスイッチを押すと、やがて壁の小さな扉からトレイに乗った料理が出てくるのを受け取って、食べる。
 そして食べ終わったあとは、別の扉からトレイを中に入れるのだ。
 ディプロのクルー及びフェイトたちはそれをごく自然に行っていたのだが、やはりというか、エリクール組には謎なシステムだった。
「ここの料理人は作るの早いんだねえ。」
「つーか早すぎるぞ。頼んでから出てくるまで、数秒じゃねえか。」
「いや、これは自動的に料理を温めて出してくれるシステムで…」
「いつも作っておいてもらってる上に後片付けまで任せちゃってるのに、お礼どころか顔も見てないよ。」
「この中を覗いてみても、向こうの部屋が見えねえぞ。」
「だから、あらかじめ作っておいたものを機械が出してくれるから、この向こうに人はいないんだって…」
「なに!?じゃあ、こいつはいつ作ったメシなんだ!?」
「誰もおなかこわさないのかい!?」
「えーと…」
 中世程度の文明レベルの人間に、理解できるはずもなかった。


 システムを理解できるできないは別として、テーブルの上に並んだそれぞれの料理を見回すと、見たこともない料理が並んでいる。
 食べればおいしいし、栄養もバランスを考えられて作られているし、文句はない。
 しかし…
 きれいに皿を空にして、隣に座っていた男が立ち上がった。
「あれ?もういいのかい?」
 おかわりが欲しければ、テーブルからも注文できるようになっている。しかし真紅の瞳の男は、いらん、と一言だけ残して食堂を出て行ってしまった。
 引き締まったその体のどこに入るのか、首を傾げたくなるほどよく食べる男が、たった一人前で引き下がるとは。
 一緒に旅をするようになってから、まるで深刻な食糧事情を抱えていたアーリグリフで食べられなかった分を、一気に取り戻すかのように食べまくっていたくせに。
 そういえばここのところ、食欲が落ちているようだ。
 周りの仲間たちはと見ると、フェイトは十代の少年らしく元気におかわりをしているし、クリフは相変わらずゾウのように貪り食っている。
 ふと、自分が食べた皿を見下ろしてみる。
 皿の隅に、おかずが残されていた。
「……」
 ネルは誰にも気づかれないほど小さく溜息を吐き、隣に放置されたアルベルの分のトレイも持って立ち上がった。

 部屋に戻ると、本当に部屋がないのか陰謀だかで相部屋が恒例となってしまったアルベルが、ソファに転がってぼうっと天井を見上げていた。
「あんた、疲れてるのかい?」
「あ?」
 声をかけると、面倒くさそうに体を起こす。
「だって、ここのところ食欲ないみたいだし…」
 ソファの前まで来ると、少し脇にどいてくれた。座れということだろう。
 遠慮なくそこに腰を下ろすと、
「てめえこそ、人のこと言えねえだろうが。」
「え?」
「残すなだのうるさかったてめえが、最近は一人前も食ってねえじゃねえか。」
「……」
 確かに、人のことを言える立場ではない。
 押し黙ってしまったネルを引き寄せて足の間に納めると、落ち着いたように背もたれに体を預ける。
 味も見た目もいいが、作った人間の顔が見えず、またその温もりも感じられない料理。
 それを至極当然のものとして受け入れられるのは、それが当たり前の世界で生まれ育った者たちだけだ。
「それで食が進まないだって?あんたがそんなに繊細な神経を持ってるなんて、夢にも思わなかったよ。」
「てめえこそ、隠密はなんでも食わなけりゃいけねえとか言ってるくせに、好き嫌いしてんじゃねえかよ。」
 何もかも正反対の考え方をする二人だと思っていたのに、まさかここへ来て意見が合うことが多くなるとは。
 アーリグリフとシーハーツという小さな世界を飛び出して、宇宙という壮大極まりない世界に来てみれば、故郷を同じくする者は根ざすところは結局同じということか。
 歴史も文化も何もかも違う世界の者同士が顔を合わせれば、自然とそれぞれの世界の人間同士で価値観が似るのも当然なのだろうが。
 頭ではわかっていても、その相手がアルベルだと思うと、不思議な感じがする。
 少し前までは、二人の意見など一生合うことはあるまいと思っていたのに。
 思わず苦笑したネルを抱えてソファーに埋もれていたアルベルが、がばと起き上がった。
「なんだ、簡単なことじゃねえか。」
「何がだい?」
「てめえ、メシ作れ。」
「は?」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 そういえばこの星の船に乗ってから、食事のときはここ、と食堂に案内されて使い方を教わっただけで、機械の操作に必死になっているうちに自分で作ろうという意識がどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
「あんた、たまにはいいこと思いつくじゃないか。」
「たまにはとは何だ。じゃあ、台所探しに行くぞ。」
「え?今から?さっき夕ごはん食べたばかりじゃないか。」
「あれっぽっちで足りるか。」
 本当に、この万年欠食児童状態の男の体のどこに、あれだけの食べ物が入っているのか。
 しょうがないねえ、と笑いながらも、腰を上げた。


 が、いざディプロの中を探索してみたが、台所らしきものが見当たらない。
 まずは当然あるべき場所として食堂の近辺を探してみても、それらしき部屋どころか、部屋さえ存在しない。
 食堂の中にも廊下にも、扉がないのだ。
「…どこで作ってんだろう。」
「あらかじめできてるもんを、機械が食えるようにしてるとか言ってたが…」
「でも台所がないなんてこと、あるのかねえ…」
「俺に聞くな。」
 しかし台所がなくては、何も作れない。
 とにかく、片っ端から部屋を見て回ることにした。
 相変わらずわけのわからない転移装置とやらにも乗って、星の船のあちこちを探索する。それなのに、台所が見つからない。
 いい加減途方に暮れていると、向こうからこの船のクルーが歩いてきた。
 あの顔は確か、リーベルとか言ったか。
 彼もこの露出の激しい客が未開惑星と位置づけられているエリクールの人間だということは知っていて、うろついている二人に気づいて声をかけてきた。
「どうしたの?迷子?」
 誰が迷子だ、と今にも叩き斬りそうなアルベルをネルが慌てて押しのけ、
「台所を探してるんだけど、見つからなくてさ…」
 いつもは早撃ちのリーベルと自称して銃の腕前を自慢している彼だが、狂犬が武装したような男に睨まれて、思わず後退ってしまったのをごまかすように笑って、
「だ、台所?ああ、台所か。小さいけど、こっちにあるよ。」
 アルベルの射程に入らないよう距離を保ちつつ、しかし実はどこまで離れようと空破斬でやられたら意味がないことなど知る由もなく、リーベルはそそくさと案内してくれた。
 そこは、本当に狭い部屋だった。
 ここだよ、と言われても、案内された二人は狐につままれたような顔をしていた。
 広さが三畳ほどしかないであろうそこは、二人の目には台所に見えなかったのだ。
 実は先程この部屋も覗いたのだが、まさかここが台所とは夢にも思わず通り過ぎてしまっていた。
 パネルに触れるだけでで水とお湯の温度調整も可能な埋め込み式の蛇口と、これも壁に埋め込まれたオーブンレンジ、さらに天板に埋め込まれた電気コンロが、竃と石組みのオーブンと井戸が台所の標準備品と思っている人間に、台所と見なされるわけがなかった。
 しかしこの船の人間が、ここが台所だ、と言うのだからそうなのであろう。
 とりあえず、荷物の中から持ってきた食材を並べる。
 旅のために買ったもののため、塩漬けの肉や日持ちのする野菜しかないが、料理の素材としてはこれで充分だ。他にはワイン、調味料、ハーブ類も持ってきてある。
「これでも煮込んで…と思ったけど、どれが竃だと思う?」
 見回しても、つるんと平らな天板しかない。
 シンクだけは水が流せそうな穴がある窪みがあるため、きっとここだろうと思うのだが。
「とりあえず野菜を洗って、肉の塩抜きがしたいんだけどねえ…」
 じゃがいもやキャベツを手に首をかしげる。
「きっとこの上にある光る点でも押せば、水が出てくんじゃねえか?一応船の中だから、井戸の形はしてねえだろ。」
 この辺は風呂場と似てる、と言いながら、アルベルが何のためらいもなく光る点を押してみる。
 すると、壁から蛇口らしきものが首を伸ばしてきた。
「やっぱりな。てことは、あとはこいつを押せば…」
 確かに風呂場と同じように温度調整ができそうなパネルがあり、それを適当にいじってからスイッチを押すと、お湯が出てきた。
「へえ、便利なんだかわかりにくいんだか…」
「まあ、いちいち沸かさなくても湯が出てくるってのは便利だな。」
「じゃあ私はこれ洗ってるから、あんたはまな板探しな。」
「俺をこき使うか。」
「食べたいって言ったのあんただろ。いやだってんなら、あんたの手の上で肉と野菜切るよ。」
「……」
 てめえが言うと冗談に聞こえねえ、とぶつぶつこぼしながら目的のものを探しはじめる。
 その結果、やはりこれもわかりにくい姿の戸棚から、小さなプレートが見つかった。
「万能包丁も持ってきておいてよかったよ。ここは本当にちょっとしたものしか作らない場所なんだねえ。」
 小さなプレートは使いづらいがないよりましで、次々と野菜を手ごろな大きさに切っていく。
 アルベルはその間何をするでもなく、ネルの背中をぼーっと眺めていた。
 まるで敵を切り刻むかのような勢いで野菜を切っている姿は、女らしいのか何なのか。
 それでも、そんなところがまたネルらしいのかとも思ったりして。
 思わず緩みかけた口元は、ネルが肩越しに睨みつけた瞬間に慌てて引き締められた。
「何ぼさーっと突っ立ってんだい!煮炊きできそうなもの、探してよ。」
「…あー…」
 実はそれが一番難題な気がする。
 竃どころか火を熾す場所もなく、五徳さえも置いていないつるんとした場所で、どうやって探せというのか。
 それでも小さな鍋は見つかったのだから、きっと何かを沸かしたりしたはずだ。
 野菜を切り、塩漬け肉を水に浸けて下ごしらえはすんだが、未だに竈に該当するものを見つけられないアルベルを手伝って一緒に探しはじめた。
「それらしいの、あった?」
「見つけてりゃ、今ごろ探してねえ。」
「それもそうだね。なんなら適当に燃えるものを持ってきて、施術で火をつけようか?」
「…前にここの連中から、この中で火事が起こると、そこだけ密閉されて四方八方から水をぶっかけられるって聞いたぞ。」
「…やめといたほうがよさそうだね。」
 正確には、隔壁で閉鎖され、水ではなく消火剤をぶちまけた上に人間がいない場合は酸素を抜いてしまうのだが、恐らくエリクール人にもかわりやすいように説明してくれたのだろう。
 仕方なく、竈に相当する物体を探しつづける。
 やがてネルは天板の横に光るパネルを見つけた。
 もしかして一見何もないように見えて、この台の上に火が熾ったりする仕組みになっているのではないだろうか。
 試しにそれを押してみた。…が、いつまで経っても火は上らない。
 それはそうだ。
 ここにあるものは竃でもガス台でもなく、電気コンロなのだから。
 しかしそんなものは、エリクール人の辞書にはない。
 待てど暮らせど、どこにも火が上がらない。
「…何も起こらないね…」
「いや…でも熱気は感じるぞ?」
 もしかして、と、アルベルがおもむろにパネルのすぐ上にあたる天板に触れた。
「うあっち!!」
「!?」
 慌ててひっこめた左指の先が、赤くなっている。
 その指をくわえながら、
「やっぱりな。この上が火みてえに熱くなる仕組みなんだ。」
「そ、そんなことはあとでいいから、早く指見せな!」
 大慌てでアルベルの腕をひったくるようにして、火傷の具合を見る。
 しかしアルベルは面倒くさそうにその手を引き戻そうとして、
「この程度、どうってことねえよ。」
 確かにドラゴンに焼かれた腕に比べれば、指先が赤くなっているくらいどうということでもないのだろうが。
「でも火傷は火傷だろ!早く冷やして、そしたらヒーリングかけるからさ!」
 無理矢理腕を抱え込んで蛇口まで引きずっていき、指先に冷たい水をかける。
「ったく、こんなもん火傷のうちにはいら…」
 言いかけた言葉が、ネルの表情に思わず詰まってしまった。
 突っ張っていた腕から力を抜き、おとなしく水をかけ続けさせる。
「てめえ…」
「なにさ!」
「いや、なんでもねえ。」
 …そんな泣きそうな顔されたら、何も言えねえだろうが…
 ふう、と小さく息を吐き、空いている右手でネルの赤い髪をくしゃくしゃとかき回した。
 やがて充分冷やしたと判断したか、水から離した指先にヒーリングを施す。
 温かな淡い緑の光が消えた頃には、すぐに冷やしたこともあってか、指先からは赤みも腫れも痛みも引いてもはや火傷の痕跡は残っていなかった。
 ネルはほっとしたように息を吐き、
「まったく…何をするにも無茶するんだから…」
「ほっとけ。」
「ほっといて欲しかったら、もっと自重することだね。」
 …これ以上、体も心も傷ついてほしくないんだから…
 口の中で呟いた言葉はアルベルには聞こえなかったが、ネルの表情からはなんとなくその想いを感じ取ることができた。
「…それはこっちの台詞だ、阿呆。」
 もう一度赤い髪をくしゃくしゃとかきまわした。
 乱された髪を押さえながら何か言おうとするネルを制するように、話を元に戻す。
「とにかく、これで煮炊きできんだろ。」
「あ、ああ、うん。」
 実際に火は燃え上がらないが、これだけ熱ければちゃんと料理することができるだろう。
 きっとこれが文明の進んだ世界における竃なのだ。
 熱気を感じる部分に鍋を乗せると、鍋の底から少しずつ泡が立ち始め、沸騰する様子を見せている。
「よし、と…火加減はどうやって調整すんだろね…」
「知らん。」
 先程ネルが押してみた場所を探ってみるが、どれが温度調整かわからない。その間にも湯は沸騰してしまい、早く火を緩めたいのだが。
「おい、なんかえらいことになってるぞ。」
「灰汁だよ。これででもすくっといてよ。」
 おたまがないため、近くにあったカップをわたされる。
 渋々言われるままに灰汁をすくうが、その間もずっと鍋の中は沸き続けている。とりあえず野菜を入れて一瞬温度を下げはしたが、すぐにまた沸騰してしまう。
「ああもう、こんなことなら、ソフィアに頼めばよかった…!」
 この星の船と同じ文明社会の人間で、しかも料理上手なソフィアなら、こんな台所でも戸惑うこともなくおいしいものを作ってくれただろう。
 奇々怪々な文明の利器が並んだ台所に、いいかげん苛立ちが募ってきたところへ、
「…てめえが作ったもんが食いてえ。」
 今、頭上からぼそりと何か聞こえた気がした。
 屈んでいたネルが見上げると、アルベルは何事もなかったかのようにカップで灰汁をすくっている。
「今、なんか言った?」
「……」
 ぷいと視線をはずしたあたり、やはり空耳ではなかったようだ。
 …今確かに、私が作ったものが食べたい…って言ったんだよね…?
 気恥ずかしさとともに、言いようのない嬉しさもこみ上げてくる。
 思わずほころびそうになった口元を慌てて引き締め、火加減調整のスイッチを探すうちに、偶然正解に触れたようだった。
「おい、なんか煮えっぷりがおさまってきたぞ。」
「え?あ、ほんと?」
 鍋を見ると、確かに火が弱まっていた。
「うーん、本当はもっと弱火にしたいんだけど…」
「噴きこぼれなけりゃいいだろ。」
「うん…」
 こんな設備しかないため、形だけの料理でいいと思っていたのだが、はじめと今とでネルの思いが変わっていた。
 鍋をスプーンでかきまわしながら、
「ああ…ごめん、底のほうが焦げついちゃった。」
「別にいいだろ、そのくらい。」
「うん…でも、ごめん。」
 ワインや調味料やハーブを入れて味を調えても、焦げ臭さを消すことはできない。代わりの鍋があれば移し変えることができたのだが、ここには一つしか鍋がない。
 仕方なくそのまま煮込んでいると、
「おい、まだ食えねえのか?いいかげん腹減ったんだが。」
「一応、もう火は通ってるんだけど…」
 もっとじっくりことことと煮込みたいのだが、火が強いためにあまり長く続けると煮崩れてしまう。既にじゃがいもなど、原型を留めていないものが増えている有様だ。
 だからもうこれで火から下ろして食べてしまってもかまわないのだが…
 鍋とアルベルの間で視線を行ったり来たりさせているネルは、明らかに躊躇している。
「何をそんなしけたツラしてやがる。失敗ってわけじゃねえたろうが。」
「うん…」
 ネルが答えるより先に、ついに我慢しかねたか、アルベルがとっとと鍋を火からおろしてしまった。
「あ…!」
「なんだよ。こいつは部屋まで運んどいてやるから、てめえは食器持ってこい。」
「え?部屋って?」
「こんなとこで食う気かてめえは。」
「う、うん、わかったよ…」
 仕方なく、戸棚の中に少しだけあった食器を出して洗う。
 本当は、ちゃんとおいしいものを作りたかった。
 使い慣れた台所なら、もっときちんと作れるのに。
 …てめえが作ったもんが食いてえ。
 こんなことを言われて、嬉しくないわけがないではないか。
 それなのに…
 なんとなく暗然とした心持のまま部屋に戻ると、鍋を前にしておあずけ状態の男が待っていた。
「遅ぇぞ!」
 言ったその顔が少年のようで、ネルはますます悲しいような気持ちになってきた。
 それでも仕方なく食器によそってから、早速がっつこうとするアルベルを制して、
「ちょっと待ちな!私が先に味見するから。」
「さっき味見してただろうが。」
 不満そうな男をよそに、一口食べてみる。
 やはり、焦げ臭い。
「……」
 せっかく自分が作ったものを食べたいと言ってくれたのに。
 こんなに楽しみにしててくれたのに。
 もっとおいしいものを食べさせてあげたかった。
 それなのに、焦げ臭い料理を食べさせることになるとは…
「…変なツラしてねえで、とっとと食えよ。」
「あ…!?」
 ネルの想いをよそに、アルベルはばくばくと食べ始めていた。
「こ、焦げ臭くないかい?」
「少なくともこの船で出てくる食い物には、焦げ臭いなんて人間らしい愛嬌はねえな。」
「でもやっぱり、焦げてないほうがおいしいよね?」
 部屋の中で、ネルがいる場所だけどんよりと暗い。
 よほど飢えていたのか、もう残りわずかとなった皿のものをすくいとりながら、
「焦げてようが炭になってようが、てめえが作ったもののほうがうまい。」
「…っ」
 きっぱりと言い切られ、思わず言葉に詰まるネルの頬がかっと熱くなる。
 嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でもわからない。
 しかし口をついて出たのは、そんな想いとは正反対のものだった。
「こ、焦げたものがおいしいわけないだろ、この味オンチ!」
「俺が何をうまいと言おうが、俺の勝手だろうが。」
「こんな程度でおいしいと思われちゃ、作る方が困るんだよ!」
「じゃあ今度は焦げてねえもん作って、俺の味覚を矯正するんだな。」
「ちゃんと使い方がわかる台所なら、何がおいしいのかはっきりわかるようなものを作ってあげるさ!」
「理解するまで何十年かかるかわかんねえが、いいんだな?」
「あんたでも理解できるまで、いくらでも作っ…!」
 言いかけて、はっと我に返る。
 正面には、皿をきれいさっぱり空にした男がくつくつと笑っている。
 なんだか今、とんでもないことを言われた気がする。
 口をぱくつかせたまま絶句するネルの顔が、見る見る髪と同じ色に染まっていき…
「今の台詞、忘れんじゃねえぞ。」
 止めのような一言に、もはや爆発しそうだった。



 ブリッジにいたマリアは、脇のディスプレイにある艦内モニタから視線を外した。
 そこには艦内の公共設備が何箇所か巡回するように映されていて、先程まで二人のエリクール人が奮闘していた給湯室も映し出されるようになっている。
 その艦内モニタを横から覗き込んだリーベルが得意げに、
「あ、さっきこの人たちが料理できる場所を探してたから、僕が案内してあげたんですよ!」
「あら、そうだったの?」
 さすがリーベルは親切ね、と誉めてもらいたかった期待とは裏腹に、マリアは肩をすくめて溜息を吐き、
「あの二人がこの船の設備を使いこなせるわけがないでしょ?プレイルームのファクトリーに案内しておけば、エリクールの工房を再現できたのに。まったく、気が利かないわね。」
「ええええっっ!?」
 容赦ないリーダーの言葉に一人のクラウストロの青年が悲痛な叫びをあげたことなど、未開惑星の二人組は知る由もなかった。


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