潔癖なまでに整然とした街には何人もの人間が行き交っているのに、不自然なまでの静寂と、空虚さが漂う奇妙な世界。 それが、FD世界だ。 用があって再び来たものの、アイテム回収や買い物などに付き合う気はないアルベルは、街の片隅に腰掛けていた。 初めてここに来たネルもこの異様な空気に馴染めずに歩き回る気さえ起こらず、なんとなくその隣に座っている。 「人間がいるのに、生活感が全く感じられないってのも不気味なもんだね…」 「ああ。ここに比べりゃ、真冬のアーリグリフのがはるかに居心地がよく思える。」 ガラスのように透き通って、それでいて不思議な光を宿している謎の素材でできたオブジェの端に腰を下ろしたまま、ぼんやりと道行くFD人たちを眺める。 「なんかさ、ここの連中って表情も乏しいし格好も似たり寄ったりだし、どいつもこいつも同じに見えるよ。」 彼らと自分たちとどちらが作り物かと言われると、どう考えても自分たちのほうが生きている感じがする。それほど、彼らには生気がない。 まるで人形のような彼らが、歩きすぎていく際に必ずと言っていいほどこちらに視線を投げてくる。 「やっぱりいかにもよそ者なのかねえ、私ら。」 「だな。よってたかって人のこと妙な目で見やがって。」 「…あんたの格好見れば、ここの人間じゃなくたって眉をひそめるよ。」 「自分は関係ねえみてーな言い方すんじゃねえ。」 天気も気温も管理され、常に過ごしやすい気候に保たれているFD世界の人間の服装は、いずれも全身を包み込むような形になっている。そうでない形の衣装を着ている人間は、ジェミティのコスプレイヤーくらいのものだ。 それが流行なのかどうかは異世界の人間にはわからないが、一見暑苦しいような衣装も、発汗や体温調整などがきちんとできる仕組みになっていて快適らしい。 まるで制服のように同じような衣装を着た人々が往来する中、この異世界の人間の衣装は目立つなどというものではなかった。 フェイトやクリフ、ソフィア、マリアはまあいい。 ジェミティからそのまま出てきたような衣装なのだから。 問題は、エリクール組だ。 ネルはあまりの堂々たる見せっぷりに、目のやり場に困ってしまうレオタードのような黒装束。 アルベルは……えーと、何だ。腹と太腿を出している二十四歳の男など、エリクールにもいないのだが。 そしてアドレーは巌のような体躯を誇示するかのように、下に袴をはいているだけで上半身は完全に裸だ。 彼らを見たクラウストロ人やバンデーン人が「エリクール人は露出狂」と密かに噂しているのは当然だろう。 「だから、もっとちゃんとした服着なって言ってるんだよ。下にちゃんとしたズボンはくだけで一応は普通の人に見えるよ。」 「一応とはなんだ。」 「ここは地面が鏡みたいなんだから、あんたが立ってるだけで猥褻物陳列罪なんだよ。」 「その言葉、そっくりそのままてめえに返すぞ。」 街の片隅で繰り返される不毛なやりとりを聞きかじりながら、道行くFD人たちは、 「どっちもどっちだろ。」 と突っ込みたくてたまらなかったが、謎の二人の異様な雰囲気に気圧されて黙って通り過ぎるだけだった。 静かだった街に、ばたばたとけたたましい人の足音が聞こえたのはそんなときだった。 ふと顔を上げると、武装した警備員がこちらに向かってくる。 「おや、なんだろうね。」 「……あー…またあいつらか。」 「もしかして前に来たときに暴れたってのが、まだ尾を引いてるのかい?」 「かもしれねえな。」 初めてFD世界に来たときにフラッドの母親に通報され、駆けつけた警備員を叩きのめしてしまったのだ。どうやらそのときの手配が続行していたようである。 「じゃあ、私には関係のない話だね。」 「めんどくせえな。」 溜息を吐きながら腰を浮かしかけたとき、こちらを確認した警備員が手にした通信装置に向かい、 「手配中の露出狂を発見しました!しかも今回はもう一人増えてま…」 「影祓い!!」 地を這う衝撃波に足をすくわれるように、警備員が吹っ飛んだ。 「ちょっと、こいつが露出狂ってのはわかるけど、もう一人って誰のことさ!」 「てめえ以外には見当たらねえな。」 目を回している警備員をぐりぐりと踏みつけているネルを見て肩をすくめながら、アルベルも立ち上がる。 すると間もなく、この男に呼ばれたらしい他の警備員たちが駆けつけてきた。 いずれも銃を手に、完全武装している。 「発見!変質者を補足しました!」 「報告どおり、今回は女も増えています!」 「…あんたさ…本当にぶちのめしただけなんだろうね。他になんにもやってないだろうね。」 「やってねえよ。むしろ『斬るのはまずい』とか言って鉄パイプでボコってたどっかの誰かより、よっぽど手加減してやったくらいだ。」 街の一角に完全武装の警備員が集まり、それを遠巻きにするように野次馬が集まっている。 ネルの足元に倒れている同僚を見て盾を構えながら、 「きさまら、破廉恥な格好でうろついている変質者がいると通報があったぞ。まずは署に同行してもらおうか。」 警備員が職務上居丈高に言ってくる。 ネルは腰の竜穿に手をかけ、 「……ねえ。なんだかものすごくむかついてきたんだけど…」 「ほう、今回は珍しく意見が合うな。」 言いながら、アルベルの手も刀の鯉口を切っている。 FD世界始まって以来の破壊音とともに、野次馬が散り散りに逃げていったのはその直後のことだった。 静かで整然としていた街が一変して、喧騒と瓦礫の山になっていた。 「レスキューはまだか!」 「一体何が襲ってきたんだ!?爆発か!?」 「変質者の二人組だってよ。」 「え、これ人間がやったの!?」 「なんでも、スリット入りのスカートはいた極悪人面の男と、パンツ丸見えの凶悪な女が犯人らしいよ。」 「うわ、エグイなー。」 「犯人はどこへ行った!?」 「いいか、犯人は強暴だぞ。迂闊に近寄るなよ!」 警備員と野次馬の怒声が飛び交う場所からだいぶ離れた位置に、凶暴な犯人はいた。 「まったく、露出狂だの変質者だの、失礼だったらないよ!」 「まあ、その格好でそれだけ大股かっぴろげて戦ってりゃ、誰でもそう思うだろ。」 「あんたにだけは言われたくないね。」 いろいろな意味で目立つ二人がぎゃあぎゃあ言い合いながら歩いていくのだから、あっという間に居場所が伝わる。 「大体、あんたがそのかっこでエリアルなんざやった日には…あ、また来た!」 通りの向こうから、大勢の警備員たちが集まってくる。 「うぜえな、今度は全員本気でぶっ殺してやろうか。」 「だめだよ。あいつらはFD人とはいえ、一般人なんだからさ。」 「ちっ、じゃあ癪だがずらかるか。」 刀にかけていた手を下ろし、渋々踵を返す。 「容疑者発見!」 「お、ほんとに超ミニスカ!」 「てゆかまんま見えてるし!」 「近付くと蹴ってもらえるらしいぞ!」 「うおお、それはぜひ!」 表情が乏しかったはずのFD人が、目を爛々と輝かせて走ってくる。しかも約一名に視線をロックオンして。 「おねえさん、是非蹴ってくださいっ!」 「俺には踵落としを!」 「旋風脚希望!!」 「うおおっ俺も!」 その異様な迫力に、さしものネルも思わず怯む。 「うわっ、なんなんだいこいつら!」 「衝裂破!!」 目をぎらつかせながら群がってきた警備員が、弧を描く衝撃波にぶっ飛ばされて空の彼方に星となって消える。 運良くその射程に入る一歩前で抉り取られた地面を目の前にへたりこんだ警備員たちは、変質者(女)を背に回して抜き身の刀を手に悪鬼のような形相で仁王立ちしている変質者(男)を見た。 そのかぎ爪のついた凶悪な左腕が、地獄の業火のようなオーラをまとっている。 「…それほど死にてえか、クソ虫ども…」 「いえっ、その、あの…」 「俺たち、ただおねえさんのパンツが見られるって言うから…」 「吼竜破!!!」 エターナルスフィアを滅ぼそうとするエクスキューショナーさえ葬る怒涛のエネルギーが、FD世界の青年たちに容赦なく降り注いだ。 静かだった町の中で、先ほどから繰り返し地響きを感じる気がする。 フェイトたちがその振動に首を傾げつつ買い物を続けていると、警報音と共にアナウンスが流れてきた。 ―…現在、半裸の変質者の男女二人組が街を破壊しながら逃走中。民間人は速やかに緊急避難シェルターへ移動してください。繰り返します… アナウンスが流れるのを聞いたクリフは、 「ほう、この世界にも一応そういう奴はいるんだな。ちょっとほっとするぜ。」 「あはは、案外、アルベルとネルさんだったりして。」 「そうでしょうか。…ありえない、とは言い切れませんが。」 「そうね。あの二人なら半裸みたいな格好だし、街を壊滅させるのなんて簡単ね。」 「もうフェイトもマリアさんも、二人が聞いたら怒るよ!」 笑いあうフェイトたち一行の前方を、何かがものすごい勢いで駆け抜けていった。 「私は荷物じゃないんだ!早く降ろしな!」 「うるせえ黙れ!てめえが動くとよけいややこしくなるんだよ!!」 どこかで見た女を肩に担いだ見覚えのある男が、互いに罵り合いながら怒涛のような勢いで走り去って行く。 そして少し遅れて、重武装の警備員が大人数で追い掛けていった。 「……」 「…えー、と…」 「…なんか、追っかけられてたな。」 「…そのようですね。」 「…助けに行く?」 「…いいよ、あの二人なら放置してても大丈夫だろ。…おもしろいし。」 仲間にさりげなく見放されていることに気づく余裕すらなく、変質者二人組は逃走していた。 通報を受けた警備隊も、最初はただの変質者だと思っていた。しかし現場に行ってみればそこにいたのは先日も不審者として通報された男で、しかも駆けつけた警備員を完膚なきまでに叩きのめした相手だった。さらに新たに増えた女も、鬼のように強い。この二人が暴れるところ、警備員も街もただではすまなかったのだが、追うからこそ反撃されるということにはまだ気づいていなかった。 露出狂女の色香に惑わされ、うっかり近づいた警備員たちは、激怒した露出狂男によっていずれも半殺しにされた。 敵は、刀と短刀を持っている。下手に近づいては危険だ。 だから追っている今も、下手に接近できない。 「いいか、できるだけ距離を保ったまま、銃で…」 「空破斬!!」 悲しいかな、その作戦も失敗だった。 男が刀を一閃させるだけで、硬質のはずの地面を砕きながら衝撃波が飛んでくる。運良くその被害を免れても、気がつけば仲間が凍りついていたり、気候制御されているはずの街中で頭上からいきなり雷が落ちてきたりする。 荷物のように肩に担がれながらも、ネルはしっかりアイスニードルやサンダーストラックをかましているのだ。 「ええい、なんなんだあいつらは!化け物か!?」 「あんな技、ゲームじゃなくて実際に使える奴いたんだ…」 「つか、ゲームキャラでもあそこまで強いのなんて、チートでもしなきゃ育てらんねー。」 まさか自分たちが追う相手がゲームキャラであり、異常に強いからこそ目の敵にされていることなど警備員たちは知る由もない。ただの変態露出狂と思いきや、災厄そのもののような二人組だった。 「ああちくしょう!どうせ女担いで逃げるなら、前向きに担げよ!そうすりゃパンツが見え…」 「無限・空破斬!!」 思ったことを素直に口に出してしまっただけのまだ若い警備員は、反則としか思えないほどに凶悪な攻撃の前に失言を後悔する間とてなかった。 FD世界の街をすさまじい勢いで破壊しながら逃走を続けていたアルベルは、ようやく追っ手をまいて人気のない建物の陰にたどり着いた。 肩の上で、ネルが手足をばたつかせている。 「いいかげんに降ろしな!」 周囲を見回して誰もいないことを確認してから、やっとネルを降ろしてやった。案の定、ネルは怒ったように目を吊り上げ、 「なんだってのさ!一般人には危害加えちゃだめだってのに、あんなに街をぶっ壊しながら逃げまくって…」 「てめえだって、なんだかんだ言いながら施術使ってただろうが。」 「そ、それは…銃で狙ってる奴がいたからさ…」 思わず口篭もり、あんたが撃たれちゃうじゃないか、と声には出さずに口の中で呟いた。 ネルはきっとそんな自分を面白そうに見ているであろうアルベルと視線を合わせないように横を向き、 「大体、なんで私が動いちゃいけないのさ。」 「……阿呆か、てめえは。」 心底呆れたように脱力する。 「てめえがその格好で暴れてるから、よっぽどたまってるらしいここの野郎どもが目の色変えて追ってくるんじゃねえかよ。」 腰までスリットが入った短いスカートの端をつままれ、反射的にその手を叩いて裾を押さえる。 「うちの隠密は、こんなの普通じゃないか。」 「隠密どもの中でも、てめえのはきわどいと思うが。」 「だからあんたに言われたくないっての。」 「俺はいーんだよ、男だから。」 「…男だから、その格好が問題なんじゃないか。」 「とにかく、てめえがスカートの短さを気にせずに大暴れするから、ここの連中が喜ぶんだ。」 「…下着じゃないよ、これは。」 「知ってる。でも、他の連中はそうだと思って喜んでるぞ。」 そうまで言われると、やはり女だけあってネルも恥ずかしくなってきたのか頬を染める。 「…仕方ないだろ、動きやすいんだから…」 「ったく、てめえに女らしい恥じらいを求めても無駄だった。言っておくが、俺らの世界の連中も全く気にしてないってわけじゃねえぞ。」 「…そ、そうなのかい?」 「お前な…」 あまりに鈍いネルに、がっくりと肩を落とす。女っ気のないアーリグリフ軍兵士が、シーハーツの女兵士とともに働けるようになって大喜びしていたのを、何だと思っているのか。 「男ってのは、女の露出が高けりゃ高いほど喜ぶもんなんだ。ちったぁ自覚しろ!」 怒ったように言い捨てるアルベルの顔を、そっと見上げる。 「…あんたもシーハーツの女兵士を見て嬉しいのかい?」 その声には、わずかに棘が含まれている。恐らく言った本人も自覚してはいないだろうが。 「あ?まあ、俺も男だからな。でも、てめえのスカートめくれるの見たって嬉しかねえや。」 「そりゃ悪かったね。」 ぷいと横を向くネルが怒った顔をしているのは自分のことを言われたからではなく、どこかしら嫉妬じみた想いがあることに、本人はやはり気づいていない。しかしそんなネルを見下ろすアルベルは何となく察したのか、大きく溜息を吐き、その腰に手を回してぐいと引き寄せた。 不意打ちを食らってそのままアルベルの体にぶつかってしまったネルがもがいても、その腕はびくともしない。 「…てめえのは、見たけりゃいつでも見られるからいーんだよ。それより…」 アルベルの体に押しつけられた形でどうしようもなく固まっている、上目遣いに見上げてくるネルのスミレ色の瞳に映った自分の顔を見た途端、視線を逸らした。 「何さ。」 人通りがないとはいえ街の片隅で抱き寄せられて恥ずかしいのか、ネルの頬が紅潮している。 「…ちっ、鈍い女だな。」 「なんだい、失礼な奴だね。」 口を尖らせるネルに何か言いかけたとき、再び大勢の足音が聞こえてきた。 「ちっ、ここにも来やがったか。」 今度は警備員に加えて、スフィア211やファイアウォールに配備されているようなクラブガンナーなどの警備機械まで出動している。今度こそ、逮捕できるはずだ。 「もう逃げられんぞ!おとなしくしろ!」 警備機械を盾にするように前面に出して、迫ってくる。 だがしかし。 「双破斬!」 「凍牙!」 あっさりと爆発した警備機械とともにFD人たちの自信は打ち砕かれた。 今度こそと満を持してやってきた警備員たちが動揺する声と、奇妙な歓声があがるのも無視して、追い詰められたはずの犯人二人は怒鳴りあっていた。 「だから、てめえは動くなっつってんだろうが!!」 「あの機械は氷に弱いんだから、私がやったほうが早いだろう!」 「あんなFD人どものガラクタ、俺一人で充分だ!」 「またそんなこと言って…!」 「見ろ!てめえが動くから、またあのクソ虫どもが喜んでるだろうが!」 「だからって、あんた一人で戦わせておくなんて…」 「……他の奴らに見せたくねえんだよ。」 「え…」 小さく呟いた言葉に、ネルがスミレ色の瞳を丸くする。 アルベルは小さく舌打ちし、 「いいから、てめえはすっこんでろ!」 表情を見られないように背を向けるアルベルを呆然と見上げていたネルは、今の言葉の意味をゆっくりと飲み下して理解したとき、思わず吹き出した。 「…ほんっとバカだね、あんた…」 「うるせえ黙れ。…つか、てめえらもうるせえんだよ!!!」 照れ隠しの八つ当たりのような魔光閃によって、憐れな警備員たちがなぎ倒されていく。 「アイスニードル!」 その背後から無数の氷の刃が飛び、エネルギーを吸い取られていく警備員や機械に止めをさした。 アルベルが振り返ると、ネルはいたずらっぽい笑みを浮かべ、 「これならいいだろ?」 「ちっ…たまにゃ女らしく男に守られる立場に甘んじろってんだ。」 「え?なんだって?うるさくてよく聞こえな…」 「なんでもねえよ!」 街のどこからともなく聞こえる破壊音と悲鳴を聞きながら、誰もいなくなったカフェでフェイトたちは勝手にお茶を飲んでいた。 「また派手にやってるねー。」 「あの二人、あのまま螺旋の塔に放り込んじゃおうか。きっとそのままの勢いでオーナー片してくれるよ。」 「そうね、その方が簡単そうね。」 「でもよ、なんであいつらより露出度の高いアドレーのおっさんは指名手配されてねえんだ?」 「ん?わしのところにも何人か来たぞ?じゃが、自然と滲み出るわしとの実力の差に恐れをなしたか、すごすごと退散していったわい。」 「……」 FD人も、異様な迫力の半裸のおっさんより、少々凶暴でも若くてきれいなおねえちゃんの方がいいということか。 その後FD世界では、子供が悪いことをすると、 「露出狂の悪魔が二匹襲ってくるわよ!」 といって母親に叱られて泣き出したという話だが、当の本人たちは知る由もない。 |