初恋の人



 ペターニの中央広場のレストランで、遅めの昼食をとっていた。
 晴れた空の下のテラス席は気持ちがよく、女たちはついそのままお茶に突入する。
 スフレがアップルパイを頬張りながら、
「ねえねえ、ソフィアちゃんの初恋の人って、やっぱりフェイトちゃん?」
「え?」
 ソフィアはちらりと肩越しに、隣のテーブルにいるフェイトを見る。
「えーと、フェイトはね、幼馴染だからそういう感じじゃなくて…」
 言いながら、その頬は赤く染まっている。スフレは喜んでソフィアの赤い頬をつつき、
「ソフィアちゃん、真っ赤だよー!」
「え!?や、やだ…!」
 きゃっきゃと楽しげな女たちの会話は、隣のテーブルで所在なさげにしている男たちの耳にも届く。
「ほー、若いもんは羨ましいねえ、フェイトくんよ。」
 クリフにからかわれたフェイトも照れた笑いを浮かべ、
「まあ確かに、幼馴染でもそういうことをだんだん意識するようになってくる年頃だけどさ…クリフと違って。」
「……」
「へこむなよ、デカブツ。ミラージュっておねいさまがいるじゃんか。」
 子供のロジャーに慰められる筋肉オヤジのことなど少しも気づかず、女たちの会話は続く。
「それじゃ、マリアちゃんは?やっぱりクオークの人!?」
「ん〜…残念ながら違うわね。」
「えー?じゃあ誰なんですか?」
 好奇心いっぱいのスフレとソフィアの視線を受けて、
「ありきたりでつまんないわよ?幼稚園の友達の、お兄さん。」
 その回答に、きゃー!あるある!という嬉しそうな歓声があがる。
「そっか、幼稚園時代か…」
 クリフが小さく溜息を吐く。
「なんだよクリフ、娘の初恋の相手を聞いて、ショックでも受けた?」
「むすっ…!?まあ、子供の頃から面倒見たんだもんな。娘みたいなもんか。んー…まあ、確かにそうかな。」
「じゃあ、彼氏ができたとか言ったら、どうするじゃんよ!」
「俺を倒してから交換日記から始めさせる。」
「…あいつ、一生独身だな。」
 ぼそっと呟いたアルベルの言葉に、フェイトもロジャーも深く頷いた。いつかマリアに、フラッシュチャリオットに耐えられる彼氏ができますようにと祈るだけだった。
 スフレの無邪気な好奇心は、会話には加わらずに微笑を浮かべて紅茶を飲んでいたネルにも向けられた。
「ネルちゃんの初恋の人は!?」
 がちゃっ。
 ティーカップを取り落とす音は、何故か男たちのテーブルから聞こえた。
「どしたの?アルベル。」
「…滑っただけだ、阿呆。」
「へぇ〜。」
 フェイトのほんのり黒さを感じる微笑から視線を逸らす。
「ネルちゃんは?ネルちゃんは?」
「そ、そんなのは…」
「いたよね?ネルちゃんだって女の子だもんね!」
 大きな目いっぱいに期待を溢れさせてくるスフレにたじろぎながらも、ネルは苦笑して、
「ん…まあ、そんな感じの人は…いたかな?」
「きゃー!やっぱりー!」
 がちゃん。
 テーブルの上にこぼれた紅茶を、フェイトが慌てて拭いていた。
「あーあー、何やってんだよアルベル。」
「………滑っただけだ。」
「二連続で滑らすか?」
 上と横と下からの意地の悪い視線から逃れるように下を向き、長い前髪で表情を隠す。
「で、どんな人ですか?」
「やっぱりシーハーツの人よね?」
「…いや、これも幼稚園くらいの頃の話だから…」
「アーリグリフ!?じゃあじゃあ、もしかしてアルベルちゃん!?」
「んなわけないだろ!…まあ、確かにアーリグリフの奴だったけどね。」
 ばきっ。
 アルベルの指先でカップ本体と持ち手が別れを告げる。
 かすかに震えるその肩が、怖い。
「あー!カップ壊しちゃったよ、バカチン!」
「…自分じゃないってことがショックだったのかな。」
「いや、アーリグリフの誰かってことのほうがダメージでかいと思うぞ。」
 後ろのテーブルで妙なことになっているとは知る由もなく、女たちは会話を続けている。
「じゃあ、戦争になっちゃってショックだったでしょ。」
「そうだねえ。大人になってから、そいつに戦場で遭っちゃったからねえ。」
「え〜!それは辛いですよー!」
「でもま、その頃はもう、そいつのことはなんとも思ってなかったからね。他の敵とまとめて蹴散らしてやったけど。」
「さすがね…」
 その相手はアーリグリフの軍人ということか。
 俯いたままのアルベルの頭の中で、漆黒をはじめとして風雷、疾風の知っている限りの兵士たちの顔がぐるぐるとまわっていく。
「もしかしたら、私たちも会ってるかなあ。なんて名前の人ですか?」
「名前は知らないよ。父にアーリグリフに連れてってもらったときに、一緒に遊んだ地元の子供たちの一人ってくらいで。」
「えー!初恋の人の名前、聞かなかったのー!?」
「聞けないよ、そんなの。」
「それもまた、ネルらしいわね。」
「せめて特徴くらい覚えてないんですか!?」
 詰め寄られて、困ったように小首をかしげる。
「…うーん…鏡みたいにきれいな銀髪だったのは覚えてるよ。」
 ばりんっ!
 ついにティーカップが粉々に砕けた。
 ティーカップの破片を握り締めたままのアルベルの肩が、ひくひくと揺れている。俯いたその口元からは、奇妙な忍び笑いさえ漏れてくる。
「……くくく…」
「もしもーし…」
「…アルベルくーん?」
「……あのクソ虫か……」
「こ、怖いじゃんよ、プリン…」
「さっきから人のことばっかり聞いてるけど、そういう自分はどうなんだい?」
「えー?っきゃー!それはやっぱり……フェイトちゃーん!!」
 仕返しとばかりにスフレにつっこむネルは、後ろで椅子を蹴立てて魔剣クリムゾン・ヘイトを鷲掴みにして、ものすごい勢いでカルサア方面へ歩いていくアルベルのことになど、気づいていなかった。

 その後、漆黒団員の一人が何者かによって病院送りにされて、僻地へ左遷されたとかなんとか。




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