それから



 一年前までは、この場所にこんなに何度も通うことになるとは夢にも思っていなかった。
 温かな光と清らかな水の流れに囲まれた、美しい都シランド。
 一年のほとんどを雪に埋もれて過ごす自分の国とはえらい違いだ。
 戦争終了後、休戦協定を結んでから頻繁に交わされるようになったアーリグリフ王の書簡をシーハート女王にわたし、返答の書簡を受け取って下がる。
 正直、こんな役目はごめんだ。
 もともと堅苦しいのは大嫌いだ。書簡なんぞ、暇な疾風の誰かにでも持って行かせればいい。が、言われるとつい引き受けてしまう。相手もこちらが断らないのを知っていて、自分に命じてくる。
 殺風景なまでに清潔感あふれる城内を、伸びをしながら歩く。
 暗褐色と金が混じりあった不思議な色の長い髪を後ろで二つに束ね、左腕を鋭い鍵爪のついたガントレットで覆い、腹部と左足をさらす特異な出で立ちは、この城内にはとりわけそぐわない。
 城内の人間が思わず振り向くのもかまわず、歩くコースはいつも決まっていた。謁見の間に至る廊下は、左右どちらに行っても同じように階下に下りられる。が、いつも謁見の間を出て右に折れるコースを歩んでいる。
 階下へ下り、長い廊下を歩みながら、ふと周囲に誰もいないのを見回す。そしてある扉の前に立ち、ガントレットをしていない右手でそっと叩いた。
 が、返事はない。それに中に人の気配も感じない。
「…いねえのか。」
 口の中で呟くと、足早に去っていった。

 せっかくアーリグリフとシーハーツが長い戦争を終えて足並みを揃え出したというのに、ここのところ海の向こうのグリーデンが不穏な動きをしている。
 そのため、隠密である彼女たちの仕事が増えていた。
 今日は二週間ぶりに任務を終えて帰ってきたのだ。
 報告などをすませ、夜遅くなってからシランド城内の自室へ戻る。
 若い女性が使うにしてはほとんど無駄なもののない部屋で、小さなクローゼットを開ける。いくつかのプロテクターを外し、黒装束をハンガーにかける。ゆったりとした部屋着に袖を通すのも久しぶりだ。
 クローゼットを閉めたとき、スミレ色の瞳が鋭い光を放った。
 そしてキャビネットに置いた短剣を抜き、窓を開け放つ。
「誰だい!?」
 窓の向こうはわずかな幅を残して斜面になっていて、都を取り巻く堀となっている。
 水の音しか聞こえない夜の闇の中から、のそりと人影が現れた。
「…着替えるときくらいカーテン閉めろ、阿呆。」
 ぶっきらぼうな声に、気抜けしたように短剣を下げる。
「…なんだ、あんたかい。覗きとはいい趣味じゃないねえ。」
「誰が覗くか、阿呆。」
「そういうことにしといてやろうかね。」
 肩をすくめると、男は二つに束ねた暗褐色と金の髪を揺らしながら、窓から部屋の中へと入ってきた。
「遅かったな。」
「なんだい、まさかそこでずっと待ってたんじゃないだろね。」
「転寝してただけだ。」
「よくまあ堀に転げ落ちなかったもんだ。」
 今、こんなもんしかないけど飲むかい?と言って、戸棚からワインを一本取り出す。
 部屋には椅子がひとつしかないため、小さなテーブルを引き寄せて客とは思えない態度でベッドに座り、グラスに赤い液体が注がれるのをじっと見つめている。
 一年前までは、この女とこうして話そうなどとは、夢にも思っていなかった。
 一年前、アーリグリフとシーハーツは戦争状態だった。そして二人はそれぞれの国の軍の人間として、戦場に立っていた。そして幾度となく血を流してきたのだ。
 その戦争が終わったのは、突然の事件によってだった。いきなり空を覆った巨大な光る星の船団によって、両国とも壊滅状態に陥ってしまった。その敵が自分たちの住む惑星の外から来たとは、説明されてもぴんと来なかった。
 それ以降は、もう何がなんだかわからなかった。
 あの瞬く星に、自分たち以外の生命体が、自分たちと同じように生きているなんて。
 そしてさらに星の向こうどころか、次元の彼方に別の生命体がいるなんて。
 しかも自分たちが彼らによって作られた存在だったなんて。
 今思い出しても、悪い夢だとしか思えない。
 しかし、あのとき神とも言える相手を倒すために一緒に戦った仲間の存在は、夢などでは片づけられない。
 現にその一人が今、目の前にいる。
「…なんだい、人のことじろじろ見て。気持ち悪いね。」
 相変わらず棘のある口調のこの女、シーハーツの封魔師団「闇」の隊長であるネル・ゼルファーとは、あんな事件が起こらなければとてもこうして過ごす機会などなかったに違いない。
「……」
「なんか言いなよ、アルベル。」
 グラスを指で揺らしながら、テーブルに肘を突いてこちらの顔を覗き込んでくる。
 きっとこの女も、かつて敵対していたアーリグリフの漆黒団長アルベル・ノックスと酒を酌み交わすなど、かつては夢にも思わなかったはずだ。
「ねえってば。」
 さっきからずっと黙っている男に痺れを切らしたように、冷たいガントレットに覆われた左手を小突く。
「……おまえが黒以外着てるの、久しぶりに見た気がするな。」
 ぼそりと呟いた。
「だろうね。私も着たのは久しぶりな気がするよ。それにさすがに自分の部屋でくつろぐときくらい、黒装束なんて着たくないよ。」
 ゆったりとしたローブのような部屋着は白く、襟ぐりにだけ刺繍がほどこされている。
「あんたは相変わらずだねえ。いい年こいてまだ露出狂が治らないのかい?」
「ほっとけ。てめえも似たようなもんだろが。」
「あんたと一緒にしてほしくないね。」
 二人の会話は、いつもこんな感じだ。
 そんな調子で、ワインはあっという間に空になった。しかし二人とも酒に強いため、顔色さえほとんど変わっていない。
 瓶を逆さにしても何も出てこないのを確かめてから、ごとん、と瓶をテーブルに戻す。そして頬杖をついてグラスに残ったワインをあける女に、
「最近、グリーデンのクソ虫どもが何やらやらかしてんのは、知ってるよな。」
「ああ。それで私も今日まで探りを入れたりしてたのさ。」
「その阿呆どものために、アーリグリフも動くことになった。」
「へえ。漆黒もかい?」
「疾風と漆黒が、海岸線で陣を構えるんだとよ。ま、単なる脅しだけどな。」
「だろうね。あんたなんかをグリーデンに放り込んだら、起きない戦争も起きるだろうね。そこらへんで止めとくのが、適当ってもんさ。」
 で?とスミレ色の瞳だけ動かして、次の言葉を待つ。
「おおよそ三、四ヶ月くらい行かにゃあ、ならんのだとよ。めんどくせえ。」
「ふうん。ま、せいぜいがんばるんだね。」
 頬杖をついたまま、意地悪い笑みを浮かべる。
「…で、寂しくなったのかい?」
「誰がだ、阿呆。」
 会話が途切れ、しばしの沈黙が流れる。
 がちゃり、と金属がこすれあう音がして、ガントレットの指先の鋭い鍵爪が白く細い指先に触れる。
 しなやかな動きで鍵爪の間から滑り抜け、上目遣いに相手の真紅の瞳を見上げる。
「人に触るなら、これ外してからにしなよ。怪我したくないからね。」
「…阿呆。」
 言いながら、ガントレットの留め金を外す。そして重い音をたてて床に落とすと、中から長い手袋に覆われた腕が出てきた。手袋の端から、醜く引き攣れた皮膚が見える。火傷の痕だ。この傷痕のせいで、左手がわずかに不自由だ。
 その左手で、女の引き締まった細い腕を掴む。
 そのままテーブルを迂回するように引っ張り、自分が腰掛けるベッドに引き倒す。
「ったく、相変わらず荒っぽいねえ…」
「寂しいのはおまえなんじゃねえのか?」
「自惚れるのもたいがいにしな。」
 覆い被さるように唇を塞いだ。
 そうしょっちゅう会っているわけでもないが、この鋭く射抜くようなスミレ色の瞳とも数ヶ月おさらばだ。
 そんなことを思いながら、テーブルの上のランプを消した。

 もう一人のクリムゾンブレイド、クレアは久しぶりにアリアスの領主邸に来た親友を、笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい、ネル。」
「あ、ああ、久しぶりだね、クレア…」
 挨拶をかわした親友がいつもと様子が違うことに気づいて、さりげなく人払いをして自室に通す。
 そして温かな紅茶を入れてすすめながら、
「どうしたの?顔色が悪いわ。」
 どうも、幼馴染は何か言い淀んでいるようだ。しかも先程から視線をあちこちに泳がせて、挙動不審だ。こんな親友を見るのは、幼い頃以来のことだ。
「何か相談したいことがあって来たんでしょう?私にできることなら、力になるわ。」
 幼馴染の優しい笑顔に、ほっとしながらも不安で胸が爆発しそうだ。
「あ、あのね、クレア…その……」
 俯くその手に握られたティーカップが、小刻みに震えている。
「…こ…来ないんだ…」
「何が来ないの?」
 俯く顔が、髪よりも赤くなっている。テーブルに埋もれてしまいそうに俯いたまま、ほとんど聞き取れないほどの声を搾り出した。
「……………、が………」
 わなわなと震える親友を前に、クレアはしばらく目が点になっていた。そしてその言葉の意味を理解したとき、柄にもなく素っ頓狂な声を上げていた。
「……え!?」
 いつも勝気な親友が、涙目になってすがりついてくる。
「ど、ど、どどどうしよう、クレア…私……」
 クレアは必死に自分を落ち着かせながら、子供の頃に戻ってしまったかのような親友の頭を抱きしめた。
「大丈夫よ、ネル…きっと私がなんとかしてあげるから。だから、心配しないで…」
「うん…ごめんね、クレア…」
 クリムゾンブレイドにして光牙師団「光」隊長クレアの行動は、素早かった。その日から極秘であちこちを飛び回りはじめた。

 季節は移り、寒いアーリグリフにもやっと遅い春がやってきた。
 雪解け水でぬかるむ坂を登って、アーリグリフ城へと進む。
 門番が敬礼し、軽くそれに応えて城内へ入る。
 謁見の間へ行き、任務の無事終了を伝える。
 その間、なんとなくアーリグリフ王が妙な視線を送っているのに気づいていた。いつも気さくな王だが、笑っているのはその口元だけで、目は真摯な光を含んでいる。
「…わかった、ご苦労。しばらくゆっくり休んでくれ。…と言いたいところだが。」
「?」
 王が、突然表情を引き締めた。
「シーハーツから緊急の使者があってな。急ぎ、シランド城へ行って女王にこの書簡をわたしてもらいたい。」
「はあ?何で俺が…」
 またか、と思いながら眉根を寄せる。しかしそんなことにはかまわず、
「疾風におまえを送らせるよう命じてある。今すぐ発ってほしい。」
「ちっ…」
 めんどくせえ、と口の中で呟きながら、渋々立ち上がった。
 が、内心ではまたあいつに会えるだろうか?とも思っているのだが。
 エアードラゴンの翼は早く、あっという間にシランドへ着いた。
 とりあえず王に託された書簡を持って謁見の間へ向かうと、女王の傍らに執政官とは別に、見覚えのある女がいた。双剣と言われるクリムゾンブレイドのもう一人、確かクレアと言ったか。
 女王は書簡に目を通してから、柔らかいが威厳に満ちた声で、
「返事は後ほど持たせます。…ところで。」
 女王が、声を潜めた。
「そなたにも念のために打ち明けておきましょう。今、我がクリムゾンブレイドが重大な危機に陥っています。」
「…!?」
 どきりと心臓が跳ねる。
 クリムゾンブレイドに危機?
 クリムゾンブレイドの一人はここにいる。では、もう一人に何かあったのだろうか?
 もう一人…それは、ネルではないか。
 心臓がうるさいくらいに暴れ出す。
 いつも鋭い刃のような光を宿している真紅の瞳に動揺が走るのを見て、女王は言葉を続けた。
「クリムゾンブレイドは一対の刃。その片方が欠ければ、クリムゾンブレイドは本来の力を失います。」
 刃が欠ける?それは…
「あ、あいつは…あいつはどこだ!」
 我を忘れて叫んでいた。
「その件では、既にアーリグリフ王の了解を得てあります。急ぎ、カルサアまで行ってくれますか?ウォルター伯が心得ています。」
 女王に対する儀礼も何もかも無視して、刀を掴んで走り出していた。
 その様子を見ていた女王とクレアは、顔を見合わせると小さく頷きあった。

 まさか、任務の途中で失敗でもしたのか。
 あいつがちょっとやそっとのことで、やられるとは思えない。何しろ自分たちと一緒にこの世界の創造主とやらを倒した女だ。
 あいつがやられるはずがない。
 この自分でさえ、気を抜いたらやられるほどの腕前なのだ。
 あいつがやられるはずがない。
 エアードラゴンの背に乗りながら、それでも思考はどんどん暗いほうへと進んでしまう。
 自分やフェイト、クリフらとともに、女の身で最前線で戦っていたほどの女だ。それでも、やはり女だ。腕力では子供のロジャーにさえ勝てなかった。激戦にさらされるあの細い体が、いつばらばらに壊れてしまうのではないかとも思っていた。
「…ネル…!」
 カルサア上空へ着くと、エアードラゴンが風雷駐屯地へ舞い降りるのを待つのももどかしく、飛び降りて邸へ走る。
 風雷団長ウォルターがいる二階の執務室へ走り、荒っぽく扉を開け放った。
「ジジィ!」
「おう、久しぶりじゃな、小僧。なんじゃ死人のような顔色をしおって。」
 呑気な老人の言葉に苛立つ。
「それどころじゃねえ!あいつ…ネルの話を聞いてんだろ!?一体どうしたってんだ!」
 孫のようにかわいがってきた男が、必死の形相で食いついてくる。
「ふむ、ネーベルの娘のことじゃな。ちと厄介なことになっておってなあ。」
「どっかに捕まったりでもしたのか!?どこだ!早く教えろジジィ!!」
 ウォルターは、今にも噛み付きそうな男の顔をじっと見る。これほど必死な形相を浮かべるのは、見たことがない。それとは対照的に、ウォルターは温和な表情を崩さず、
「おまえに、ネーベルの娘を救う覚悟はあるのか?」
「ごちゃごちゃうるせえ、ジジィ!早く…早くしねえと…」
 捕えられた隠密を待つものは、拷問と、死しかない。
 こうしている間にも、悲鳴が聞こえてくるような気さえする。
 ウォルターは満足そうにうなずき、
「まあ、よいじゃろう。どっちにしろ、おまえにしか救うことはできんのじゃからのう。まずは、昔おまえが使っておった部屋へ行くがよい。」
「はあ!?んなことより、とっとと…」
「せっかちな小僧じゃのう。とにかく、行けと言うに。」
「ちっ…!」
 舌打ちすると、扉を蹴破るようにして廊下へ飛び出す。幼い頃過ごした部屋は、右隣だ。
 扉が壊れそうな勢いで開けて、中に飛び込む。
「おい…!」
「え…?」
 中にいた人物と目が合った瞬間、ぽかんと開いた口がふさがらなかった。
 大きな椅子に腰掛けていたのは、短く切りそろえた赤い髪を揺らす、誰あろうネルだったのだ。
 まだ扉のところに突っ立っている相手へ、苦笑を浮かべ、
「相変わらず騒がしいねえ…まずは、おかえりって言っておこうか。」
 いつもの黒装束ではない。柔らかな桜色の女性らしい衣装をまとっている。
 何がなんだかわからないまま、恐る恐る近寄って、その顔を覗き込む。
「……ネル…?」
「なんだい?」
 右手でそっと頬に触れてみる。前に会ったときよりふっくらしただろうか。柔らかくて温かい頬に指を滑らせる。
「…本物…だよな?」
「何言ってんだい。昼間っから寝ぼけてんのかい?」
 澄んだスミレ色の瞳に、自分が映っている。
 ほとんど反射的に、かき抱いていた。
「ちょっ…どうしたんだい?」
「………阿呆…てっきりおまえが…」
「てっきり…なんだい?」
「……」
 それきり言葉の出ない男の広い背中を、ぽんぽんと叩く。
「私に何かあったと思って、すっ飛んできてくれたんだね?」
「……」
 女の細い肩に顔を埋め、力いっぱい抱きしめていた。こうでもしていないと、脱力感で崩れ落ちてしまいそうだ。
「…ありがとう。」
「……」
「でもね…私が今たいへんだってのは、本当なんだよ。このままじゃ、クリムゾンブレイドとして女王の御為に働けない。」
「なに?」
 驚いて顔を起こし、スミレ色の瞳を食い入るように見つめる。
「でさ…」
「…なんだ。」
「あんたじゃないとどうしようもないってのも、本当なんだよ。」
 温かい体を抱くうちに、だんだん落ち着いてきた。何があったにしろ、生きて自分の腕の中にいる。彼女は自分の腕からこぼれ落ちてはいなかった。
「…どうしたってんだ?」
「……」
 今度は、逆の立場になった。なかなか次の言葉が出てこない。
「なんだよ、言ってみろ。俺ができる範囲なら、なんとかしてやる。」
「……」
 何か言おうと口を開きかけたが、頬を染めて視線を落とす。
 と、開け放たれたままだった扉から、
「やれやれ、もどかしいのう。ようするに、おまえがネーベルの娘を嫁にもらえば解決するんじゃ。」
「……はあ!?」
 首がおかしくなりそうな勢いで、振り向いた。
「なんで俺がこいつを…!」
「その娘を救えるのはおまえしかおらんと言ったじゃろうが。まったく、手順を間違えおって…」
 ますます頬を染めて俯く女に気づき、
「…って、ちょっと待て。どういうことだ?きちんと説明しろ。」
 じっと見つめられて、やっとスミレ色の瞳を向ける。
「…ちゃんと医者には見せたよ。…………四ヶ月だってさ。」
 ここまで言われれば、いかな朴念仁でもわかる。
 石のように固まっている男の背中へ、何かの紙をひらひらさせながら止めを刺す。
「準備も総て整っておる。あとはおまえがこの書類にサインするだけじゃ。まあ、ネーベルの娘を救ってやるか、見捨てるかはおまえ次第じゃがのう。」
「……っ」
 軽鎧に覆われた肩が、わなわなと震えている。
「ったく、国をあげて人をコケにしやがって…」
 しばし俯いていたが、いきなり立ち上がり、
「とっとと紙切れよこしやがれ、くそジジィ!」
 婚姻届と書かれた書類を奪い取ると、やけくそのようにアルベル・ノックスと殴り書いた。

 本当に準備は見事に整っていて、日取りまで決められていた。これも総て、クレアとアーリグリフ王、シーハート女王のなせる技である。任務から戻るなり託された書簡もこれに関することだったというから、完全に両国王の掌で転がされていたわけだ。
 あれよあれよという間に時は経ち、気がつけば聖堂の中、アーリグリフ騎士の正装をした男と、純白のドレスの裾を長く引いた女が立っていた。ドレスの巧みなデザインで、わずかにふくらみを帯びてきた腹部は全く目立たない。
 神父の祝詞が続く中、花嫁が小さな声で、
「あんたが承知してくれないって言ったら、叩き斬ってやろうと思ってたよ。」
「…阿呆。この俺がてめえとガキの一人や二人、背負えねえとでも思うか。」
「ま、責任はとってもらうよ。」
「ちっ、口の減らねえ女だ。」
 快晴の空を、白い鳥の群れが羽ばたいていった。




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