新たな夜明けに




 長かった戦争が終わり、そしてごく一部の人間しか知らないことだが、世界の消滅の危機も去り、自分たちの国どころか全宇宙が未曾有の危機を迎えた一年が、終わりを迎えようとしている。
 未だ人々の心の傷は癒えず、失ってしまったものの大きさに打ちひしがれてはいても、来年はきっといいことがある。誰もがそう願っていた。
 それは、先だって同盟を結んだ二つの国にとっても同じことだった。
 新年に、和睦の証として両国が共同して三日間にわたって様々な行事を催すことになった。
 一日目は星の船の襲撃の際に今は記念すべき会談を行った、モーゼルの古代遺跡で両国王が儀式を執り行い、それから三日の間、アーリグリフとシーハーツは盛大に祝賀の儀を催す。
 記念すべき新年が明日と迫った大晦日の夜、最後の準備を終え、ネルは部下たちとともに遺跡周辺の警備についた。
 もはや魔物も断罪者もいなくなった遺跡の塔の上に登り、モーゼル砂丘を見渡す。夜の砂漠の彼方に、いくつもの明かりが見える。あれは女王が宿営するテントだ。シーハーツはアーリグリフと違ってエアードラゴンでひとっ飛びというわけにはいかず、今日のうちにここまで来たというわけだ。女王の周辺の警護は、クレアたちの担当だ。
 予定では、そろそろアーリグリフからも先発の警備兵が来るはずである。王の到着は、朝のはずだ。
 肌に突き刺さる夜の砂漠の風は、真冬ということもあってとりわけ厳しい。
 ネルはマフラーに顎を埋めながら、眼下の遺跡に視線を馳せる。
 ここを見ていると、思い出と呼ぶにはまだ早い、様々な記憶が蘇る。
 この地でアーリグリフが和平を承諾した瞬間は、嬉しいというより驚いた。事実戦争は終わったが、そのまま星の船との戦いに移行してしまって、どうも戦争が終わったという実感が乏しかった。
 でも、総てが事実であったからこそ、今の状況がある。
 上空からの物音に顔を上げると、エアードラゴンの一団が舞い降りてくるところだった。
 戦争が終わった今、彼らはにこやかに手を上げて挨拶してくる。
 遺跡の前に舞い降りて、先発隊の部隊長らしい兵士が出迎えたネルのところにやってきて、
「遅くなりました。三日間どうぞよろしく。」
「こちらこそ、頼むよ。で、来たのはあんたたちだけかい?予定では来るはずだけど……漆黒が。」
 最後に付け加えるように言った言葉は、意識的に小さくなった。
 自分がどんな顔をしているかわからないため、マフラーに口元を隠すように言ったのだが、疾風兵士は全く気づかぬ様子で、
「漆黒も間もなく到着すると思われます。」
「…そうかい。」
 視線を逸らして応えるネルのマフラーに隠された口元は、我知らずほころんでいた。

 それから半時ほどした頃、夜の砂漠に重い金属の音を鳴り響かせながら、重装兵団が到着した。
 その先頭には、重装備とはかけ離れた姿の男がいる。
 黒光りする重鎧の兵団を遺跡の前で停止させて周囲の様子を伺う男の頭上から、声がかかる。
「遅いよ、漆黒団長さん。」
「たいして遅れてねえだろ。」
 悪びれた様子もなく顔を上げるアルベルの様子が以前と全く変わらないのを見て、石柱から飛び降りたネルはやれやれ、といった顔をしたつもりだったが、その実口元は嬉しそうに微笑んでいた。
「久しぶりだね。」
「…おう。」
 互いの瞳の奥でわずかに揺れるものがあったが、今は任務の最中だ。
 アルベルが背後に控える漆黒兵士たちに向かって、
「てめえらは配置につけ。」
 指示を与えると、一糸乱れぬ返事と共に兵士たちが散っていく。それを見届けてから、
「じゃ、俺は寝る。」
 素っ気なく言った言葉を、聞き違いかと思った。が、アルベルはネルの脇をかすめるように歩き出す。
「はあ!?あんた、警備はどうすんだい!」
「あいつらに任せてある。どうせ何もいねえんだ。あのクソ虫どもでもなんとかなんだろ。」
「あのね…」
 まったく、この男は相変わらずだ。呆れるネルを尻目に、
「くだらねえ準備だかなんだかで、朝っぱらからこき使われて眠てえんだ。」
 本当に眠そうな顔で欠伸をして、宿営場所として用意されている遺跡の空き部屋に向かう。なんとなくそれを追いかけながら、ネルは少し不満そうに口を尖らせていた。
 ルシファーとの戦いが終わってから、いろいろと忙しくて会っていなかったのだ。だからさっきまで、会ったらなんと言ってやろうかと考えていたりもしたのだ。
 それなのに。
 そんな想いとは裏腹に、口から出るのは任務のことだ。
「あんた、仮にも団長なんだからさ、部下に任せっきりにしないで…」
「あいつらだけでできることなんだから、あいつらにやらせとけ。」
 ここで、二人の性格の違いが現れる。とにかくなんでも自分でやらないと気がすまず、かえって部下に機会を与えろと言われてしまうことがあるネルと、自分にできることは自分でやれ、というアルベルと。
 遺跡の廊下をすたすたと歩く男の真後ろを追っていたため、いきなり立ち止まられてその背中に激突してしまった。
「わっぷ!いきなり立ち止まるんじゃないよ!」
 鼻を押さえるネルを肩越しに見下ろしたアルベルはにやりと笑って、
「抱いてほしけりゃ、明日やってやるよ。だから今日は寝かせろ。」
 指先で耳元をくすぐられ、ネルの顔が瞬時に耳まで真っ赤になる。
「バっ…!!」
 殴ろうとした手をひょいとかわし、アルベルは部屋へと入って行った。
「……」
 男の後姿が消えた扉を睨みつけながら、ネルは足元の石ころを蹴った。
 そんな話がしたかったんじゃないのに。
 我知らず頬を膨らませるネルは、大きく息を吐いた。そしてふいに恥ずかしくなり、誰かが見ていやしないかと周囲を見回す。
 何をやってんだい、私は。
 たった一ヶ月会っていなかっただけだというのに。
 それも、数ヶ月前までは噂を聞くだけで会ったこともなかった男なのに。
 しかし共に駆け抜けたわずかな時間は、あまりにも鮮烈で濃密すぎた。
 その忘れ難い時間を、過去のものに流してしまいたくなかった。
 そのためにあの計画だけは実行しようと、この儀式を執り行うと決まったときに心に決めたのではないか。
「…うん、あれだけはどうしてもやらなくちゃね。」
 ネルは表情を引き締めるように熱くなった頬を両手で軽く叩き、再び警備に戻っていった。

 毛布に包まってぐっすりと寝入っていたところを強かに蹴飛ばされて、アルベルは息を詰まらせた。
「ぐ…っ」
「起きな!!」
 どれだけ寒かろうとおかまいなしに剥き出しの腹を押さえながら、寝ぼけた顔で睨みつけるアルベルの前に、ネルが仁王立ちしている。
「…いきなり蹴る阿呆がいるか。」
「いきなりじゃないよ。呼んでも揺すっても叩いても起きなかったのは、どこの誰だい!」
 アルベルは寝癖ではねた暗褐色と金色の長い髪をかきあげながら、狭い石組みの窓の外を見る。まだ真っ暗だ。
「…夜這いか?」
「もう一回蹴ってやろうか?いいから、ついてきな。」
 まだ半分寝たままの男を引きずり起こし、無理矢理引っ張っていく。
「…どこに拉致ってく気だ。」
「いいから。」
 間に合わなかったらたいへんだ。
 遺跡の外に出て、遺跡を取り囲むような岩山へ登っていく。
 頭上にはまだ満天の星空がある。
 よし、まだ間に合う。
 ほっとした瞬間、ネルは自分の右手に感じる温もりに気づいた。
 急がなければという思いでアルベルを引っ張って来たが、その手は男の手をしっかり握っていたのだ。
「…っ!」
 思わず慌てて手を振り払うと、だいぶ覚醒してきたらしいアルベルが怪訝な顔をする。
 ネルは狼狽しているであろう自分の顔を見られないように慌てて背け、岩山の頂上へと急いだ。
「…さ、着いたよ。」
 そこは、この近辺で最も見晴らしのいい岩山の頂上だった。
 アルベルは欠伸をしながら周囲を見回す。
「なんなんだ、ここは。」
 それには応えず、ネルは空を見上げる。宝石箱をひっくり返したような星を抱く濃紺の夜空は、東のほうがかすかに白んでいる。それを満足そうに眺め、ネルは手頃な岩に腰を下ろした。
 アルベルはわけがわからないまま、その側に腰を下ろす。
 低血圧の男は、寝起きだといつにも増して無愛想だ。
 しかしそんなことはわかりきったことであるため気にもとめず、ネルは微笑んだ。
「久しぶり、だね。」
 会ったときと同じ言葉を繰り返した。
「……おう。」
 そしてこちらもまた、同じ返答をする。
 二人とも、それから言葉が続かない。
 そうしている間にも、東の空が徐々に白さを増していく。
 ネルはそんな空を見上げ、自嘲するように苦笑した。
「…なんだかね、いろいろ話そうと思ってたんだけどさ…全部、忘れちゃったよ。」
 おかしいね。
 そう口の中で呟いたネルの視界の隅で、男が立ち上がる。
 どこかへ行ってしまうのか。焦りのような思いが心をかすめたとき、後ろからまわされた右腕が体をぐいと引っ張った。
「!」
 どん、と男の胸板にぶつかり、ネルははっと顔を上げる。
 すぐ斜め上に、顔がある。
 ネルが慌てて顔を逸らすと、かすかに笑った気配を感じた。
 男の足の間に抱えられ、ネルは自分の心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。
 かき抱く鋼のような腕が、温かい。
 その腕に、そっと遠慮がちに指をかける。
 そして男の胸に体を委ねたとき、胸につかえたものが下りていく気がした。
 そうか、別に何もしゃべらなくてもいいのだ。
 こうしているだけで、相手の想いが感じられる。
 こいつも、私と同じ想いでいてくれたんだ…。
 目を細めたネルの耳朶に唇が触れ、そのくすぐったさに思わず首をすくめる。
「おい。」
「…な、なに?」
 耳朶に唇が触れたままなので、くすぐったくてたまらない。
 身をよじるネルに、アルベルは顎で正面を示した。
「もう夜明けだ。」
「あ…」
 はっと正面を向くと、遥か地平の輪郭を白い光明が縁取っている。
 白い光は間もなく黄金色に変わり、濃紺の空を席巻していく。
 闇を払うような眩い輝きに、ネルは本来の目的を思い出した。
「あ…!そうだ!」
「あん?」
「あんたも早く、お祈りしな!」
「はあ?いきなり何を祈れってんだ?」
「何でもい…いや、あんたの好きでいいからさ、あの太陽に向かってお祈りするんだよ。」
「…なんだそりゃ。」
 西の彼方に追いやられていく濃紺の夜空とともに溶けてしまいそうなほどに眩い黄金の輝きに包まれながら、ネルは目を閉じて手を合わせる。
 目の前にある見事な赤い髪を黄金色の光が照らし、咲き誇る花のように思えた。
 あんな朝日より、こちらのほうがよほど美しい。
 そんな想いは決して口に上せることなく、その花のような髪に顔を埋めてそっと目を閉じた。
 太陽は地平を離れ、ゆっくりと空へと昇っていく。
 眩い黄金の光がだいぶ落ち着きを取り戻してきた頃、ネルはそっと後ろの男に声をかけた。
「…ちゃんとお祈りしたかい?」
「てめえは何を祈ったんだ。」
「教えたら、ご利益がなくなるだろ。そういうあんたは何か願ったのかい?」
「…教えねえ。」
 いたずらっぽく笑ったその顔がどことなく少年じみていて、ネルの口元もほころぶ。
「で。」
 と、そんな顔のまま、アルベルが口を開く。
「何でいきなり、朝日に祈ろうなんて気になったんだ?」
「ああ、それね。」
 フェイトに聞いたんだ。地球という星に、一月一日の朝に昇った太陽を初日の出と呼び、その一年の幸せを祈る古い風習があるのだと。
「だから、私もやってみようと思ったんだ。」
 …あんたと。
 この日に会えるとわかってから、これだけはやろうと心に決めていたこと。
 決して言おうとしないが、きっと彼も祈ってくれたはずだ。だって、こいつはこんなにも満足そうな笑みを浮かべているのだから。
 あんたの願い、叶うといいね。
 軽く身を捻り、男の頬にそっと唇をつける。
「物好きだな。」
 それに応えるように、女の細い顎を指先でしゃくって唇を塞いだ。

 目の回るような忙しさだったが、無事に三日間の総ての行事が終わった。
 あとはもう、国民たちが夜通しお祭り騒ぎをしているのを見守っていればいい。
 アーリグリフの小高い丘の上から夜の街の様子を眺めるネルの後ろに、二人の部下が立つ。
「ネル様ぁ、陛下はぁ〜…」
「無事にシランドへお戻りになられたそうです。」
「そうかい、あんたたちもご苦労だったね。」
 報告をしたファリンとタイネーブを労う。
「あんたたち、もう戻っていいよ。私もぐるっとまわってから戻るから。」
「そうですかぁ?」
「お疲れ様です。」
 嬉しさを隠そうともせずに敬礼し、去っていく二人の背中を見送る。
 城下町のどこかから花火が上がり、人々の歓声が沸き起こる。
 昨年までの苦しさを吹き飛ばそうと、陽気に騒ぐのはアーリグリフの人間だけではない。シーハーツからやってきた人間たちも混ざっている。
 いい時代がやってきた、と今は素直に思える。
 たとえ道は険しくとも、これから新しい未来へと歩き出すのだ。そんな人々の活気ある表情を見ているうちに、自然と顔がほころんでくる。
「この世界を守れてよかった…そう思わないかい?」
 その言葉は、雪を踏みしめて背後から近づいてきた男に投げかけられた。
「ふん…」
 いかにも興味なさそうな反応は彼の照れ隠しだとわかっているので、ネルは微笑んだ。
 こちらもようやく任務から開放されたアルベルは、首を回してこきこきと鳴らしている。
「あんたも見なよ、花火。きれいだよ。」
「この三日間、打ち上げっぱなしじゃねえか。もう見飽きた。」
「まったく、あんたって奴は…」
 呆れたようにすくめた肩を、ぐいと引き寄せられる。
「こんなとこに突っ立ってると、冷えるぞ。」
 雪が積もった真冬でも腹と太腿をさらしている男に言われても、説得力がない。
 ネルは苦笑しながら、アルベルの胸に頭をもたせかけた。
「大丈夫だよ、あったかいから。」
「…阿呆。」
 街を見下ろす丘の上だけが街の喧騒から切り離されたように、静かな空気に満たされていく。
 聞こえるのは、規則正しい男の心臓の鼓動だけ。
 この一ヶ月の間、ずっとわだかまっていた思いが、ほろほろと溶けていく。
 そして寒々しかった空洞に、暖かなものが満ちていく。
 ああ、わかるよ。あんたの胸の中も、私と同じものを感じているね。
 頬に感じる体温が、心地よく全身を包んでいく。
 …また、会えるよね?
 心の中の問いかけに、
 …ああ。
 同じ心の中の声が応える。
 わざわざ話さなくてもいい。こうしていれば、総てが通じ合えるのだから。
 だからもう、なかなか会えなくたって寂しくない。
 一面の雪に総ての音を吸い込まれてしまったかのような空間で、ネルは静かに目を閉じる。
 二人だけの、静かな、新しい時。
 静かな…
 静か………

「ネルおねいさま〜〜〜〜!!!」

 賑やかな子供の声で、静寂は一瞬のうちに幻と消えた。
 片や驚いた顔で、片や睨み殺すような顔で振り向いた二人の前に、ふさふさのしっぽを振りながら見覚えのある少年が走ってくる。
「あけましておめでとうございます、おねいさま〜!」
「ロジャー、なんでここに…!」
「お祭りがあるっていうから、サーフェリオから出てきたじゃんよ!やっとおねいさまを見つけられた〜♪」
 ネルに飛びついたロジャーは、隣にいるアルベルをいつものように睨みつけ…なかった。
 すさまじく不機嫌そうなアルベルを、にへら、と妙な笑みを浮かべて見上げる。
「なんだ、プリンもいたのか。ちょうどよかったじゃんよ。」
「何が…」
 その胡散臭い笑みに一抹の不安を覚えたアルベルを無視して、ロジャーはネルに両手を差し出した。
「おねいさま、お年玉ください!」
「は?なんだい、お年玉って。」
「地球の正月では、子供は大人からお小遣いもらえるお年玉ってのがあるって、フェイトのにいちゃんから聞いたじゃんよ!」
「ああ、なるほど…」
 なんでもいいから何かをもらえるイベントがあると聞けば、子供には魅力的だろう。ならばそんな子供の楽しみには応えてやらねばなるまい。
 懐から財布を出し、
「悪いね、今はそんなに持ち合わせがないんだ。」
 でもお菓子くらいは買えるだろ?と、いくらかのフォルをロジャーの掌に乗せてやる。
「ありがとうございます、おねいさま!やったー!!おいらの宝物にするじゃんよ!!」
 使わなければ意味がないじゃないか、と言いながらも、ロジャーの無邪気な喜びぶりに思わず笑みがこぼれる。
 フォルを大事そうにポケットにしまい、ロジャーはぐるりとアルベルに向き直った。
「……」
「……」
 1メートルの高低差がある視線の中間で、火花が散る。
「…俺からも金をふんだくろうってか。」
「当たり前じゃんよ。大人は子供にお年玉くれなきゃいけないじゃんよ。」
 別にいけないわけではないが、そんなことは知ったことではない。
 アルベルは隣にいるネルをちらりと見て小さく舌打ちし、
「ちっ、がめついタヌキだな。」
 大体ネルと同じくらいのフォルを投げてよこした。
「おう、ありがとよ、プリン!」
 くすくすと笑うネルから顔を背けるアルベルの前で、ロジャーがどこかへ向かって大きく手を振る。
「お〜〜〜い!早く来るじゃんよ!」
 その声を待っていたかのように、丘の上に駆け上がってくるのは、
「あ、あの子たちは…」
「ジャリタヌキ軍団!?」
 ルシオやドライブといったサーフェリオの子供たちが、白い息を吐きながら跳ねてくる。
 なんとなくいやな予感がして二人が顔を見合わせると、
「おいおまえら!このプリンはこの国の軍団長で、メラすげー給料もらってるじゃんよ!だからお年玉いっぱいくれるって言ってるじゃんよ!」
「言ってねえだろ!つか、俺だけかよ!」
「やったあ!にいちゃん、小遣いくれよ!」
「僕にもください!」
 あっという間にジャリタヌキ軍団にまとわりつかれたアルベルの姿に、ネルがたまりかねたように笑い出した。
「てめえ、笑ってねえでなんとかしやがれ!」
「いいじゃないか、一年に一度のことなんだから。皆、優し〜〜〜いおにいさんがお年玉とやらをくれるってさ。」
「なっ、おい、ネル!!」
 ネルを睨んだが、涙を浮かべて笑い転げる彼女を見ているうちに小さく首を振り、
「ちっ…今回だけだぞ。」
 アルベルはやけくそのように子供たちにフォルを投げ与えた。
「うわーい!!」
「もっとくれよー!」
「物乞いかてめえらは!ロジャー、てめえにはさっきやっただろうが!」
 新しい一年が始まって早々こんなに笑うなんて、きっと今年はいい年になるに違いない。
 だからあの朝日への祈りも、届くだろう。
 そして内容はわからないが、アルベルの祈りも届くだろう。
 子ダヌキたちに包囲されて怒鳴り散らすアルベルと、身をよじって笑うネルを、夜空に咲いた花火が鮮やかに照らした。


―もう二度とアーリグリフと戦争になりませんように…そしてこれからもずっとこいつとこうしていられますように…

―この女がこれ以上無茶しねえように、適当なとこで止めてくれ。…でもって…たまにはツラくらい見せやがれって言っとけ。


 宇宙歴773年、エリクールという惑星の新たな一歩が始まる。




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