ジェミティに戻ったのは、物資の補給のためだった。 そうでもなければ、このような娯楽施設に立ち寄ったりはしない。それでも連日の戦いに疲れた彼らにとっては、気分転換になることも否めないのだが。 「ここは相変わらず賑やかね。私たちが自分たちの存亡をかけて戦ってるのが、嘘みたいだわ。」 賑やかな音楽にきらびやかな照明、人々の楽しげな喧騒に包まれ、マリアが溜息を吐く。 それにしても今日はやけに混んでいる。中心部の通りに沿って人垣ができているのだ。 「参ったね、これじゃ買い物もできやしないよ。」 呆気にとられたネルが溜息を吐く。分厚い人垣の向こうの店までたどり着くのは、不可能のようだ。 ソフィアがいつの間にとってきたのか、ジェミティのパンフレットを指差した。 「ねえねえ、今からパレードがあるんだって!」 パンフレットによると、今日は開園記念日だそうで特別なパレードを催すらしい。なるほど、それを見ようとこの人だかりができているわけだ。 と、ファンファーレとともにひときわ賑やかな音楽が流れてきた。 「お!向こうからなんか来るぞ。」 そう言ったのは、2メートル近い長身のクリフだ。この人垣の中で彼より高い視界を持つ人間はいない。 向こうから、きらびやかに飾り立てたフロートと呼ばれる山車や大勢のダンサーたちが、心躍るような音楽に乗って踊りながら進んでくる。 なんとかそれを見たくて、小さなスフレがぴょんぴょんと跳ねる。 「あたしも見たい〜!ね、マリアちゃんいいでしょ?」 子供の彼女は、やはりこういったものに目がないようだ。マリアも肩をすくめ、 「まあ、これじゃどうしようもないからね。せっかくだから、息抜きでもしましょうか?」 「やったあ!でも見えないよ〜!」 跳ねたり背伸びをしたりするスフレの体が、ひょいと浮き上がった。そしてそのまま、クリフの肩に担がれる。 「これでどうよ?」 「きゃ〜!クリフちゃんありがと〜!」 クリフに肩車をしてもらえば、最後列でも余裕で見える。クリフの上で大喜びするスフレを見上げて、ソフィアが笑った。 「そうしてると、なんだか親子みたいだね。」 「ほんとだ。まあ実際、スフレくらいの子供がいたって全然おかしくない年だもんな。それどころか、下手すると僕くらいの子供がいたって…」 「おい!」 フェイトのさりげなく意地悪なつっこみに三十六歳独身の男は傷つきながらも、肩の上のスフレを見上げて苦笑した。 「ま、いいか。今日はお父さんがんばっちゃうぞ〜!」 「わ〜い!」 父のいないスフレを気遣ってのことだろう。クリフははしゃぐスフレを肩車したまま、パレードに合わせて走り出した。 「ねえねえ、私たちももっと見やすいところに行こうよ!」 「ああ、うん。こら、離れるとはぐれるぞ。マリアも気をつけて。」 「わかってるわよ。」 フェイトを先頭にして人垣に突入していくソフィアとマリアを見送って、ネルはまた溜息を吐いた。女性としては長身なのでパレードは見えないこともないが、興味はない。 正直、このジェミティは好きではない。 フェイトたちより文明の進んでいない世界から来たのだ。そんなネルには文明の最たるようなFD世界のお祭り騒ぎなど、目がちかちかしてうるさいだけだ。同じエリクール星から来たアルベルも同じなのだろう。買い物をしないとわかるや、とっととどこかへ消えてしまった。 自分もとりあえず静かなところを探そうか。 そう思ったネルの足元から、賑やかな声が聞こえた。 「あ〜もう!こういうのは子供に優先して見せるもんだろ、バカチン!」 ふと足元を見下ろすと、スフレよりさらに低い位置で騒ぐ少年がいた。 ああそうだ、子供はもう一人いた。 メノディクス族特有のふさふさの尻尾を振りながら、小さなロジャーは人垣に分け入ろうとしては跳ね返されている。 彼もネルたちと同じエリクールの住人だが、そこは子供だ。 「見たいかい?ロジャー。」 「あ、おねいさま!いや、特に見たいわけじゃないんですけど、やっぱり見とけば皆に自慢できるかなー、と…」 屁理屈をこねるが、本当は見たいのだろう。それでもクリフやフェイトたちについていかなかったのは、女神のように崇め奉るネルの側から離れたくないためだともわかっている。ネルはふと笑みをこぼし、 「さすがにクリフみたいにはできないけど…」 よっ、と言ってロジャーを抱きかかえる。 「わわ!おねいさま、そんな大胆な!」 男たちに混じって常に前線で戦っているネルだが、所詮は女の細腕だ。子供とはいえ30キロあるロジャーをパレードが見える高さまで持ち上げるのは、容易ではない。 「っとと…けっこう重いね、あんた。」 「ああっ!無理しないでください!」 胸の高さまではなんとか持ち上がったが、そこから上がらない。よろけながらも懸命に持ち上げようとしてくれるネルにロジャーは恐縮して慌てるが、動けばよけいにバランスを崩す。 「わ…!」 ロジャーを抱えたまま後ろに大きくよろけて転びそうになった瞬間、肩を後ろから支えられた。 「あ、ありが…って、あれ、アルベル?」 自分の肩を掴んでいた相手を見上げると、そこにはよく知った顔があった。 FD人に焼きプリン色と評された暗褐色と金の髪の青年が、鋭い真紅の瞳に呆れたような色を浮かべて見下ろしている。 「あんた、いつ戻ってきたんだい?」 「タヌキ抱えてよたよたしてるのが見るに耐えなかっただけだ、阿呆。」 無愛想で口の悪い彼の口癖だが、ネルの腕から下りたロジャーが食ってかかる。 「おいらのためにがんばってくださってるおねいさまに、阿呆、はないだろ!それにおいらはタヌキじゃなーい!」 ロジャーの抗議を聞き流しながら、まだ肩に置かれていた手に気づいてネルは思わず身を引いた。心臓の鼓動が早まったのを気づかれたくなかったからかもしれない。 素直に手を離したアルベルが顔を上げると、パレードが今ちょうど彼らの前に差し掛かってきたところだった。クリフほどではないが充分に長身のアルベルからは、その様子がよく見える。 そして視線を落とすと、ネルの腕に掴まって必死に首を伸ばすロジャーがいた。 「ごめんよ、ロジャー。私じゃ持ち上げられなかったね。」 「い、いいんです、おねいさま。そんなに見たくなか…っ!?」 口とは裏腹に残念そうに首を横に振ったロジャーの体が、ふわりと浮いた。 呆気にとられるネルの目の前で、ロジャーはアルベルの肩の上に移動していく。 「これでチビのてめえでも見えんだろ。」 「え?あ?お、おう。」 アルベルの肩に乗せられたロジャーも、目が点になっている。 思わぬ彼の行動に驚いたネルがその顔を見ようとすると、ふいと向こうを向かれてしまった。照れるといつもこうだ。ネルは口元に微笑を閃かせ、 「ありがとう。」 「…なんでてめえに礼言われんだ。」 「いいじゃないか。おかげでロジャーもこんなに喜んでるよ。」 焼きプリン色の髪を鷲掴みにして、既にロジャーは夢中になって歓声を上げている。 痛ぇな落とすぞクソタヌキ。などとぶつぶつとこぼしながらもロジャーを肩車しているアルベルの、ガントレットで覆われていない右腕に指をかけて背伸びした。 「…んだよ。」 「私もちょっと見たくなったのさ。」 「…ふん。」 それぞれに違う表情を浮かべた三人の顔を、パレードの行列が放つ眩い光が照らしていった。
「あ!見て見て!」 |