意地っぱり



 ウォルターの話を聞いたとき、何の気なしにいじっていた高価な壺をキャビネットに思い切り落とした。慌てて駆け寄ったメイドが壺の無事を確認しているが、落とした本人は気づいていない。
「なんじゃ小僧、殺人現場に転がってそうな顔をしおって。」
「…今のは俺の聞き違いか?」
「若いくせに耳が遠くなったか?もう一度言ってやるかの。じゃから、ネーベルの娘に見合い話が来ておるのじゃよ。」
 最初にさらりと言われたときは聞き違いかと思ったが、そうではなかった。頭のどこかで、大きな鐘ががんがんと打ち鳴らされているようだ。
「ヘルムート家につながるご子息たっての希望だそうでな。本人には伝えてあるそうじゃ。」
「…で?」
「おぬしも知っておるとおり、国が絡んでくるといやとは言えん娘じゃからのう。」
 ぎり、と何者かの骨張った指が心臓を捻り潰したような気がした。
「…用件はそれだけか。」
「うむ。やはりおぬしに黙っておるわけにはいかんからの。」
「俺には関係ねえだろうが。」
 吐き捨てるように言うと、踵を返して足早に去っていった。
 そんな孫同然の男を、老爺は苦笑して見送っていた。

 シランド城の一室が荒っぽく開け放たれ、書類を作っていたネルはびっくりした顔を上げた。いきなり開けられたことも驚いたが、何よりその男の顔色に驚いた。
「ど、どうしたのさ。」
 土気色の顔をした男が、つかつかと詰め寄ってくる。
「阿呆かてめえは。」
「は?」
 開口一番それではわからない。しかし明らかに、機嫌が悪そうだ。この上なく暗い影を帯びた真紅の瞳に、ネルは困惑する。
 まさか、あのことを…
 問答無用の不機嫌の原因に思い当たることがあるだけに、言葉が出てこない。
「……」
「……」
 天井が落ちてきたかのように重苦しい圧迫感のある沈黙が続く。
 ネルは椅子から立ち上がるタイミングを逸したまま、アルベルはその前に仁王立ちしたまま動かない。
 その岩石のような沈黙を破ったのは、規則正しいノックの音だった。
「ネル様、失礼いたします。」
「あ、ああ…」
 慌てて応えると、部下だろうか、若い女が何か白っぽいものを抱えて入ってきた。
 彼女はアルベルの姿に気づいて慌てて姿勢をただし、
「こ、これは失礼いたしました…!」
「き、気にしないどくれ。で、なんだい?」
「言付かっておりましたものを、お屋敷からお持ちいたしました。」
「あ…!」
 女が手にしていたものの正体に気づき、ネルが慌ててひったくるように受け取る。
「あ、ああ、ありがとう、助かった。」
 かろうじて笑みを浮かべようと努力すると、それでは失礼いたします、と敬礼して早々に部屋を出て行った。きっとアルベルの存在に、彼女なりに気を遣ったものであろう。
 今受け取ったものを抱え込むようにしてクローゼットに入れようとするところを、後ろから引っ張られた。
「!」
 腕の中から、それがするりと抜け出る。
 アルベルが手にしたものは、白を基調とした、シーハーツ女性の正装である衣装だった。
「な、なんだい、私がこんなの着ちゃおかしいかい!?」
 泡を食って奪い返し、クローゼットに乱暴に突っ込む。
「柄じゃねえな。」
「な、何さ、私だってシーハーツの女だよ?何かのときには正装くらいするさ!むしろこれを持ってない女なんてこの国にいないよ!そういうもんなんだよ!」
 後ろめたさがあるだけに、いつもより饒舌になってしまう。総てが苦し紛れの言い訳であるとわかっていても、止まらない。
「何かのときって、どんなときだ。」
「そ、そりゃあ、式典のときとか行事のときとか…」
「見合いのときとかか。」
「……っ」
 ぐさりと、何かが胸に容赦なく突き刺さったような気がした。
 ネルは相手の顔を見ないようにしながら、
「…こないだ、アーリグリフに仕事で行っただろ?その帰りに、ヘルムート家の執事ってのが訪ねて来たんだよ。」
「……」
「もちろん断ろうと思ったんだけどさ。どうしてもって言ってそいつのことや家柄まで熱心に説明されて、その場で無下に断れないじゃないか。」
「で、適当に誉めそやされてその気になって、自分で来もしねえ野郎と会ってみようってわけだ。」
 当たり前だが、棘だらけの言葉である。その棘のひとつひとつがぐさぐさと突き刺さり、その痛みをごまかすためについムキになってしまう。
「きちんとした貴族の人間が、自分でほいほい来られるわけないだろう!?あんたみたいながさつ人間とは違うんだよ!」
 ああ…
「がさつで結構。俺もあんな連中とは一緒にされたくねえな。」
 そんなことを言うつもりはなかったのに…
「それにせっかく二国が友好的になったってのに、有力な旧家の人間に失礼なことできないじゃないか!」
 ああ…
 そんな顔しないで…
「てめえがどこぞの貴族の一人や二人ふったくらいで、国がどうにかなるかよ。思い上がんな。」
「あんたに何がわかるってのさ!」
 やめて…
「少なくとも、頭でっかちのお国バカよりは大局的に見えてるさ。」
 戦いの中でどんな深い傷を受けたときよりも痛そうな顔をしないで…
「私はシーハーツが大切なんだ!アーリグリフのあんたにはわかんないだろ!」
 思いに反して衝動的にぶちまけた瞬間、真紅の瞳に閃くものを見て自分が何を言ったか気づいた。こちらも衝動的に掴んだのであろう細い手首が、アルベルの手の中で軋む。
「いたっ…」
 思わず声を上げると、はっとしたように力が抜け、たった今の勢いが嘘のように手が離れる。しかし、痛いのは手首ではなかった。
 手首をおさえたまま俯くネルに、
「…悪い。」
 くるりと背を向けて部屋を出て行く背中を、追うことができなかった。
 違う、違う、謝るのはあんたじゃない。
 私が謝らなくちゃいけないのに。
 喧嘩なんてするつもりじゃなかった。
 自分の不安と苛立ちを、理不尽な形でぶつけてしまった。そんなことは甘えなどという言葉で許される範疇ではない。
 すごく、傷つけた。傷ついた顔をしていた。当たり前だ。ひどいことを言ってしまったのだから。
 自分以外誰もいなくなった部屋で、ネルはぺたんと床に座り込むと、細い肩を小さく震わせていた。


「こりゃ小僧。待たんか。」
 城ですれ違っても、わざと無視していつにも増して早足で歩き去ろうとする男を呼び止めた。振り返る視線は、殺気さえ孕んでいる。
「ふむ、漆黒の連中がなんとかしてくれと泣きついてくるはずじゃ。どうせネーベルの娘と大喧嘩でもしたのじゃろうが。」
「…喧嘩なら買うぞクソじじぃ。」
「ちと話がある。きさまの部屋へ行こうかの。」
「…勝手にしろ。」
 老人の歩みなど無視した歩みで部屋に入ると、遅れてウォルターが入ってきた。そして申し訳程度に置いてあるソファにどっこらしょと腰を下ろし、
「あやつは両親のいいところばかりもらって別嬪じゃからのう。戦争中から兵士たちの間にも密かに好意を抱いている者がかなりおったようじゃな。」
 おぬしが知っておるかどうかはわからんが、と肩を揺らして笑う。
「……」
「きさまがぐずぐずしておるから、こういうことになるのじゃぞ。」
「……そんな与太話をしに人の部屋に押しかけてきやがったのか。」
 今にも刀に手をかけそうなアルベルの殺気を、気づかないふりでかわす。
「まったく、仕方ないのう。この不器用極まりない甲斐性なし小僧の代わりに、わしが調べてやったわ。」
「…なに?」
「今回の話、突然すぎるとは思わなんだか?わしもあとになって聞いたくらいじゃ。相手はシーハーツ女王のクリムゾンブレイドでもあり、ゼルファー家の息女でもあるのじゃ。しかるべき筋を通すのが普通じゃろう。」
「……」
 確かにそうだ。言いようのない苛立ちと憤りに紛れて、そこまで気が回らなかった。それまで露骨に迷惑そうな顔をしていた男が正面に腰掛ける。
「続きを話せ。」
「ふむ。相手はヴィンフリートといってヘルムート卿の母方の親戚と聞いておったが、そういった者に心辺りがない。で、調べたところが、聞いて驚くな。」
「じらすな、じじぃ。」
「そやつはな、ヴォックスの甥じゃよ。」
「なに!?」
 思わず真紅の瞳を見開いた。
「早くに親を亡くしてからヴォックスに息子同様に育てられていたようじゃがな。幼い頃に外国へ出たために、わしの記憶にも残っておらなんだわ。」
「なんだと…」
「もうおぬしにも察しがつこう。」
 ウォルターが言い終わらぬうちに、低いテーブルをひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がっていた。
「ふざけんな!奴を殺したのはあいつじゃねえぞ!」
「星の船じゃろう?しかし、報復とは常におのれの手が届くものに向けられるものじゃ。」
 実際に見たわけではない。しかしあと一歩まで追い詰めたところで星の船の襲撃に遭い、それに巻き込まれてヴォックスは死んだそうだ。それはアーリグリフの者も多数目撃している公然の事実だというのに。あいつに復讐するなど、とんだ筋違いも甚だしい。
 ぎり、と奥歯を噛み締める。
「じじぃ、どこだ。」
「なんの場所じゃ?」
「とぼけんな。あいつが誘き出された場所に決まってる!」
「そこまでは知らん。それくらい自分でやらんか。」
「ちっ…」
 ふたつに結った長い髪をひるがえし、アルベルは部屋を飛び出して行った。
 一人部屋に残ったウォルターは、やれやれ、と息を吐きながら、
「全く、二人ともいい年をして手のかかる連中じゃのう。」
 のうグラオ、ネーベル、とこの場にいない二人の戦友に向かって呟いた。



 ルム車で迎えに来てくれるというものを断る理由はないが、かといって街中で堂々と迎えられるには抵抗があったため、シランドのすぐ側までということで妥協した。そして約束の時間の少し前に、迎えは来た。ヘルムート家の家紋を誇らしげに飾る豪奢なルム車を御しているのが、純朴そうな老人一人であることにほっとする。もし本人が来たらどうしようと思っていた。
 ゆっくりとルム車に揺られていくうちに、ネルの心を反映したのだろうか。厚い雲が重く垂れ込めた空からぽつぽつと落ちてくるものがあった。
 やがて曇天を映した鉛色の海が見えてくる。海岸線をしばらく進んでいたルム車は、小さな桟橋に着いた。
 老人が傘をさしかけ、ネルを導く。そして一艘だけもやってあった小さな船に案内された。
 待っていたのはこれも年老いた船頭で、ネルの手をとり乗せてくれる。さすがにいつもと違ってひょいと飛び乗るわけにもいかず、長い裾をつまんでそっと乗る。
 小さくても船室はあり、雨に濡れずにはすむ。ぼんやりと小窓から外を眺めていると、じきに岸壁に囲まれた孤島が見えてきた。まるで海に城が浮かんでいるようだ。
 孤島に近づくに連れて波がうねり、その中を小さな船が船体を軋ませながら進んで、岩壁を縦に引き裂いたような大きな亀裂に吸い込まれていく。その中は、自然の洞穴を利用した船着き場になっていた。
 桟橋には、初老の男が待っていた。あの執事である。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」
 奥には岩を穿って作られた螺旋階段がある。
 丁寧に削られた岩肌はなめらかで、鈍色の漆喰のようだ。
 別荘だとは聞いていたが、こんな作りはまるで古い砦のようだ。おそらくかつて砦として使われていたものを、別荘にしているのだろうが。
 そう思ったとき、不安が胸を過ぎる。
 しかしそこかしこにかけられた意匠を凝らした優雅なランプが柔らかな光を投げかけ、やはり別荘といった趣を感じさせてくれる。
 そんな階段を上りきると、庭園が広がっていた。
 城砦のような壁に囲まれて外からは見えなかったが、曲線を基調としてデザインされた花壇に、ここの主が丹精したのだろうか、無数の花々が雨を受けて咲き誇っている。ネルが手入れの行き届いた庭を見回していると、執事が口ひげを笑った形に持ち上げ、
「花はお好きでございますか?」
「あ、いや、いえ…嫌いではありません。」
 慌てて答える。
 いかにも好ましいといった笑みを浮かべられ、ネルは後ろめたくて視線を逸らした。
 なりゆきでこうなってしまったが、今日は断るつもりなのだ。こちらの意思がどうであれ、「見合い」の名のもとにここへ来ているのである。意識しすぎているせいか、何もかもがぎこちない。
 庭は確かに美しい。外から見れば高くそびえる塀も内側から見れば海を望めるようになっていて、美しい造園と大海原を同時に楽しむことができる。頭上にはカモメが飛び、別荘としてここを訪れれば確かに心地よいだろう。
 しかし…
 庭を囲むように聳える屋敷は飾り立てられてはいても、かつての砦らしき面影が随所に残っている。
 奥のほうに見える塔は、屋敷特有の見晴台というよりは、砦の物見台のようだ。
 海の真ん中に、何を目的として作られたのだろうか。
 そんな佇まいを見ていると、重厚さや荘厳さよりも不安が先にたつ。
 やはり何と言っても、相手はついこの間まで戦争をしていた国の人間なのだから。
 そう思ってしまう自分を、あいつは笑うだろうか。いや、きっとわかってくれる。「阿呆」と言いながらも、そんな自分の不安をわかってくれる。だからこそ…いや、それなのに…
 我知らず、胸の前でぎゅっと拳を握り締めていた。
「…ま、ネル様。」
 自分を呼ぶ声に、慌てて顔を上げる。
「し、失礼。何か?」
「あちらにおわしますのが、ヴィンフリート様でございます。」
「…っ」
 屋敷の前に佇む青年の姿に、ネルの足がすくむ。
 どれほど恐ろしい敵にでも立ち向かう勇気を持つネルの足が、何故か根が生えたように動かない。
「ようこそ、我が別荘へ。」
 いかにも貴族の青年といった、線の細い優しげな顔に満面の笑みを浮かべている。
「…はじめまして。お招きに預かりまして、光栄でございます。」
 我ながらおかしな挨拶だと思った。
 彼はしげしげとネルを眺め、
「こうして改めてお会いすると、本当にお美しい。この庭園の花を美しいと思っておりましたが、今日ばかりは霞んでしまいます。」
「……」
 何のためらいもない賛美の言葉に、背中がむず痒くなる。
「私は子供の頃からずっと文学の研究のために留学していたのですが、戦争が終わって国に戻ってきたときに城下であなたをお見かけしましてね。一目で心奪われてしまいました。」
 そうか、留学していたのか。そう言われれば、文学青年といった趣もある。それに戦争に直接関わっていないのなら、クリムゾンブレイドである自分にそれほど抵抗感はないのかもしれない。
「ちょうど用意が整ったところです。ご案内いたしましょう。」
 誘われて屋敷の中へ入る。
 古い砦の面影をそこかしこに留める外観と違い、内部は完全に改装されていた。
 壁面を覆う、大海原に浮かぶ豪壮な砦が描かれたタペストリーは、かつてのこの別荘の姿だろうか。
「こちらへ。」
 すい、と自然な動きで手をとられた。
 思わずぎくりとしてその手を振り払ってしまい、慌てて謝る。
「し、失礼。」
「いえ、お気になさらずに。」
 にこりと微笑まれても、肩が強張ったままだった。
 女性をエスコートすることは、貴族の紳士としてごく当たり前のたしなみではないか。それに対して反射的に拒否反応を示してしまう自分が、いかにも無粋なようで恥ずかしい。全くそれらしい生活はしていないが、まがりなりにも自分とてゼルファー家の娘であるというのに。
 それに…
 瞬間脳裏を過ぎった、もっと無骨で大きい手の感触が思い出されて…
 …な、何を考えてんだい、私は…!
 何故かぴりぴりとそそけだつ背筋の感覚に、ネルは小さく首を振った。
 そんなネルを、ヴィンフリートは相変わらずの笑みを浮かべたまま見つめていた。
 ホール正面の大階段を上って、いかにも価値のありそうな骨董品や調度が並ぶ回廊をいくつも抜け、やがて大きな扉へとたどり着く。
 そこは広い、屋敷の主のための食堂であった。
 きらびやかな食器が並び、使用人が主役が席につくのを待つように控えている。
 大きなテーブルの正面にヴィンフリートがつき、ネルはその正面に座る。
 心臓が早鐘のように打っている。
 なんだろう、この緊張感は。
 はじめから断るつもりなのに、ここまで緊張することはないではないか。
 今まで大勢の男の部下や仲間とともに食事をしたりしたではないか。それなのに、「見合い」という名目がついただけでこうまで気の持ちようが違うものか。別に相手に気に入られようと思っているわけではないのに、それほど気を遣うこともあるまいに。
 やはり最初から断ればよかったか。
 おかしな意地など張らないで。
 いや、こうするまでに自分を追い込んだのは、他ならぬ自分自身なのだ。
 今更逃げるわけにはいかない。
 早速ワインが開けられ、ヴィンフリートのグラスに続いてネルのグラスにも注がれる。
 グラスを持つ指が震えそうになるのを必死にこらえる。
「ではまず、乾杯しましょう。」
 優雅な笑みとともにグラスを掲げる青年に応えるようにグラスを掲げる。
 しかしそのグラスにわずかに口につけたのみで、
「…ひとつ、聞いてもよろしいですか?」
「どうぞ。」
「あなたは…私がどういう人間であるかご存知なのですか?」
「はい、もちろん。巫女の国シーハーツで女王のために働く、勇敢な女性だと聞いております。」
「…あなたの国と、戦争をしていた相手なのですが。」
「そうですね。しかし私は先程もお話しましたとおり、幼少の頃から外国へ留学しておりました。世界中の有名な学校をいくつも巡ってずっと文学を学んできまして、直接は戦争には関わっておりません。ですから、あなたに対する歪んだ先入観もありません。」
「…そうですか…」
 かつての敵である自分をどう思うのか。
 同じ質問を投げかけたことがある。それに対しての答えは、
「阿呆。今は敵じゃねえだろうが。」
 その一言だった。
 直接刃を交えたこともある。
 あのまま戦争が終わらなければ、どちらかが斃れるまで戦ったであろう。
 それなのに…
「てめえは俺たちから国を守るために戦っただけだろう。てめえが俺を恨みこそすれ、俺はてめえを恨む理由なんざねえよ。」
 そう言われた。
 過去のことは関係ない。
 同じことを言っているはずなのに、全く違って聞こえる。
 それは、過去の総てを受け入れた上での言葉か、過去を知らずに切り捨てた上での言葉かの違いだろうか。
 押し黙ったままのネルに相変わらず微笑をたたえたまま、
「今日お会いしたかったのは、ネル・ゼルファーという一人の女性です。肩書きなどはひとまず置いて、食事にしましょう。」
 主人が軽く手を上げたのが合図となり、給仕が始められた。



 
 続く



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