Blade!!


<九>



 山間を進む街道には、少しずつ人が増えている。この先にある大きな湖ではパーチを中心に魚がよく獲れる。水がきれいで臭みがなく味がよいと評判で、燻製などにされたものが遠くまで商われる他、領主へも納められている。そうなれば人々が自然と集まり、漁を営む人々を中心に街が成された。ロッドとフィリアンは、今日はそこに泊まるつもりで向かっていた。
「煙いような臭いがしますね。火事ではないでしょうか…?」
「この臭いは燻製だな。ああ、ほら。あそこの煙突が何本もある小屋で作ってるんだろ。」
 燻製がどのようなものかよくわかっていないフィリアンに教えながら歩いていると、前方から子供の悲鳴と落下音が聞こえた。
「まあ、何でしょう。」
 この手のトラブルを放っておけないフィリアンが駆けて行くので、仕方なくロッドも続いた。見れば道の片側に面した崖の下で十歳ほどの女の子がうずくまり、側には籠が落ちていた。
「大丈夫ですか?」
 少年を装う少し低い声でフィリアンが声をかけると、女の子は顔をしかめながら、
「草摘みに来たんだけどさ、足元が崩れて…」
 指差す方を見あげると上の方にそれらしき草が生えていて、滑り落ちた跡がある。
「この腫れ方は、捻挫かな。」
 足を診るロッドとフィリアンを、女の子は不思議そうに見比べていた。一人は線も細く美しい品のよさそうな少年で、もう一人は長身で筋骨逞しい、傷だらけの柄の悪そうな青年だ。ぼーっとしている女の子に、品のいい方から声がかかった。
「お家はどちらですか?」
「この先だよ。湖の側。」
 じっと訴えるように自分を見詰めるフィリアンの言いたいことはロッドにはわかったが、こちらはいつどこで襲われるかわからないのだ。関係ない子供を連れて歩くのは気が引ける。
「あのな、俺たちは…」
「この子のお家のある場所は、僕たちがこれから向かう街なのでしょう?」
 どうも深く澄んだ海のような瞳で見つめられると、いやとは言えない。
「…しょーがねえ、わかったよ。送ってってやりゃいいんだろ?」
 我が事のように嬉しそうに女の子に振り返り、
「お家まで送って差し上げます。」
「ありがと!あたしはエイミィだよ。お兄ちゃんは?」
 “お兄ちゃん”が自分のことと結びつかなかったフィリアンは、ロッドに小突かれるまで反応できなかった。
「あ!はい、え、わ…僕はフィルです。こちらはロッド。」
 どうやらこのエイミィも、フィリアンを少年だと思い込んだらしい。ロッドは苦笑したが、自分も騙された口なので何も言えなかった。
 ロッドがエイミィをひょいと抱え上げると、エイミィは不満そうに口を尖らせてフィリアンを指し、
「あたし、あっちのお兄ちゃんがいい。」
「なに?文句言うな、くそガキ。」
「やだー!だってあんたワルモノ顔だもん!」
「んだと!?」
 フィリアンは笑いを噛み殺しながら、
「エイミィさん、ロッドは怖くありませんよ。それに、お恥ずかしいことに僕は体力には全く自信がありませんので…」
「いやなら捨ててくぞ。」
 つまらなさそうに頬を膨らませるエイミィを、籠を拾ってついて行くフィリアンは微笑して見ていた。
 幸い、エイミィの住む街までは何事もなく来られた。しかし決して油断はできないので、湖畔の賑やかな街を周囲の気配に気を配りながら歩いていた。
「そこの広場抜けて右ね。」
 エイミィに言われるまま歩く間に大勢の人々が行き交っていたが、ある商人風情の男たちとすれ違った瞬間、ロッドの勘に引っかかるものがあった。彼らは街を見物しているようで、誰かを捜している眼をしている。しかも、その視線にはわかる者にしかわからない刃が潜んでいた。彼らはロッドとフィリアン、それにエイミィも視界に収めたが、そのまま立ち去っていった。
 フィリアンを追ってきたとしたら、彼らが追うのは姫と護衛の二人連れのはずなので、どうやら今回はエイミィの存在に救われたようだった。足早にその場を去る三人を、男たちの一人がもう一度振り返ってわずかに首を傾げた。
「そこの家だよ。」
 エイミィが指した家は、湖のすぐ側の小さな家だった。フィリアンが扉をノックすると母親が出てきて、最初は驚いたものの事情を聞くやすぐに二人を中へ入れてくれた。
「娘がお世話になって、ありがとうねえ。何もないけど、休んでってちょうだいよ。」
「いえ、どうぞおかまいなく。」
 フィリアンが断ろうとしたが、ロッドともども後ろから突き飛ばされてしまった。
「いーじゃない!それともエイミィのこと嫌いなの?」
「い、いえ、そのような…」
「じゃあ、いいじゃない!」
 無邪気なエイミィの強引な誘いに困った視線をロッドに向けると、ロッドが小さく頷いたので、母子の招きに応じることにした。ロッドとしては、先程の男たちとすぐに鉢合わせするのを避けたかった。気づかれたのではないかという気がしてならないのだ。
 エイミィの母が淹れてくれた茶を飲みながら、他愛無い世間話などをしていた。話によればエイミィの父は漁師だそうで、今は舟の手入れに行っているらしい。
「おや、兄弟だったのかい?あんまり似てないから気づかなかったよ、ははは。」
「皆そう言うよ。」
 ロッドは自分と似ても似付かぬフィリアンと兄弟だと言い張るのを、面白がっている。言えば誰もが驚くからだ。
「へー、兄弟だったのかー。」
 エイミィが意外そうに二人の顔を見比べ、
「てっきり誘拐犯かと思った。」
「こらエイミィ、失礼なこと言うんじゃないよ!」
 頭をはたかれて舌を出すエイミィを、フィリアンはわずかに眼を細めて見つめていた。
 こんな乱暴な関係では全くなかっただろうが、母子という関係そのものが懐かしくも羨ましいのだろうと思う。
 茶を飲み終わると、早々に退散を申し出た。
「えー?もう行っちゃうの?」
「そろそろ宿を探しに行かないとな。」
 狭い家のことなので、泊まって行けとはさすがに言えないようだ。
「怪我が早く治るといいですね。」
 口を尖らせるエイミィは不満そうだったが、丁寧に別れを告げた。
 ロッドとフィリアンがエイミィの家を出て、路地へ出て行くところを物陰から見る者がいた。二人の行き先を見て小さく頷くと、急いで立ち去って行った。

 二人の客に帰られてしまったエイミィは、ぶつぶつと文句を言っていた。
「ぶー、もうちょいいてくれたっていいのにー。」
「仕方ないだろ、旅人なんだから。」
「でも、あのフィルって人、すっごくきれいだったよねー…王子様みたい!」
 がさつなようでも女の子らしくはしゃぐ娘に、母親が温かく笑った眼を向ける。
「そうだねえ、お人形みたいな子だったねえ。でもあたしゃ、兄貴の方が好みだね。」
「えー?だってあの人、こーんな傷あって目つき悪いし、でっかい剣持っててさ、怖そうだよー。」
「いいじゃないか、強そうで。男は強い方がいいんだよ。」
「あたしは白馬の王子様タイプ!」
 母子でそんなことを言っているうちに名残惜しくなって家の外に出てみたとき、普段は使う者のない近くの破れ小屋から、何やらひそひそと囁く声を聞いた。
「さっきの奴ら、何となく似てると思ったらやっぱりそうだったぜ。」
「ガキ連れてたから、ついごまかされちまったがな。若い剣士と二人、間違いない。」
「奴等はあっちへ行ったぞ、今すぐ追おう。」
 聞きかじったその会話に、エイミィはどきりとした。
…ガキ連れてたって…若い剣士って…まさか、あの二人のこと!?
 覗き込もうとした瞬間、彼らが破れ小屋から出てきたので空き樽の影に慌てて隠れる。
 彼らが去ってから、エイミィは壁に掛けてあった父親の櫂を掴んで杖にして、
「母さん、変な奴らがさっきのお兄ちゃんたちを追っかけてるから、知らせてくる!」
 家に向かって叫ぶや、急いでロッドとフィリアンを追った。
 宿を探すと言っていたから、その辺りを探せばいるはずだ。地元の地理に詳しいエイミィは裏道を使い、先回りして二人に追いつけたのはちょうど宿が並ぶ通りにさしかかったところであった。
「お兄ちゃんたち、待って待ってー!!」
 不揃いの足音に振り返ると、エイミィが足を引きずりながら走ってくるではないか。
「まあ、あの子はあのような足で…」
「送る必要なかったじゃねーか。」
 転がるように駆けつけたエイミィは息を弾ませながら、
「変な奴等がお兄ちゃんたちを捜してるよ!」
「え?」
 エイミィを支えるフィリアンの背に、ロッドの左腕が触れる。
「なるほど、その変な奴等のお出ましだ。」
 気がつけば、商人風の男たちが通りに散っている。こちらを見張っているようだ。
「あ!さっきの…」
「しっ!」
 大声を上げそうになったエイミィを押さえながら、フィリアンは不安そうにロッドを見上げる。
 ここには他にも大勢人がいるため、いくらなんでもいきなり襲われることはないだろうが、このままここに突っ立っているわけにもいかない。
 エイミィのいる街で面倒ごとを起こすのは悪いが、片付けてしまった方がこちらは楽だ。
「エイミィ、人通りのない場所に出るには、どっちに行けばいい?」
 ロッドが低く声をかけると、エイミィはいささか張り切った様子で、
「今来た道を戻ると湖に出るし、あそこの路地を抜けるとほとんど人がいないよ。」
 街を囲む壁が宿の裏の方に見え、フィリアンを促してそちらへ足を向ける。
 背中越しに気配を伺うと、彼らがさりげなく動き始めたのがわかった。
 このまま人気のない場所へ行き、全員斬り捨ててしまうつもりだったのだが…
「…なんでおまえがついて来るんだ。」
 エイミィが当然といった顔で、足を引きずりながら一緒についているではないか。
「えー?いいじゃん。」
「お遊びじゃねえんだ。とっとと帰れ。」
「やだ!」
 しかし今は言い合いをしている場合ではない。フィリアンはエイミィの視線の高さに腰を落とし、まっすぐにその眼を見つめた。
「いけません、エイミィさん。お願いですから、お母様のところへ帰ってください。あなたを巻き込みたくありません。」
 真剣な眼差しに何を思ったか、エイミィはロッドを見上げ、
「ねえ、あいつらってそんなに悪い奴?」
「ああ。だから危ねえって言ってるんだ。」
「うん…わかった。」
 そう言って踵を返すのを見て、フィリアンはほっと胸を撫で下ろす。
 フィリアンを狙う男たちは、エイミィには全く興味を示さず見向きもしないでくれた。
 これで無関係の子供を巻き込まず、心置きなく…と思ったときだった。
「どろぼ〜っ!!」
 男たちとすれ違いざま、エイミィがいきなり叫んで櫂で男の足を殴ったのだ。
「は!?」
「なん…」
 驚いたのはロッドとフィリアンだけでなく、男たちも同様だった。
 足を櫂で強かに殴られて転倒した男たちに、周囲の人々の視線が集まる。街の子供が泥棒呼ばわりすれば、当然分が悪いのはよそ者だ。
 いずれも呆気にとられていたものの、泥棒だとわめき続ける子供に堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけるな、このガキ!」
 掴みかかろうとすると、エイミィはわざと転んで悲鳴を上げて泣き出した。
 子供の泣き声にますます人が集まり、非難の視線が突き刺さる。
 その光景にロッドは思わず噴き出し、
「あいつ、おもしれえな。」
 笑いながら人込みに紛れ、
「おいおい、小さい子供相手に、ひでえことするなあ!」
 煽るような野次を飛ばす。
おまえもやれ、と小声で促されてフィリアンもその意図に気づいたのか、こちらも女の子の地声で、
「怪我をしている子に、なんという乱暴なことを!かわいそうに…」
 ロッドの背中に隠れて声を上げると、つられて一斉に野次が飛び始める。
 ついには石まで飛んできて、彼らは慌てた。
 これでは目標の暗殺どころではない。とにかく逃げなくてはと人込みを押しのけようとしたところで、ロッドが立ち塞がる。
「どこ行くんだ?泥棒さんよ。」
「…っ」
 暗殺するはずの相手に、公然と行く手を阻まれるとは。
 ロッドの顔に浮かぶ意地の悪い笑みに、謀られたと気づいたか、顔を真っ赤に染めて唇を噛む。
「くそっ…」
「おっと。」
 ロッドに飛びかかる男の腕を弾き、勢いを利用してぶん投げた。
 きれいに宙を舞う光景に、歓声が上る。
 このまま全員をぶちのめしてもいいが、群衆の中にフィリアンを置いておくのも安全ではない。どうしようかとこちらが判断するより先に、向こうが動いた。
 男たちが隠し持っていた短剣を抜いたのだ。
 脛に傷持つ身としては、泥棒扱いされて役人に引き渡されるより、強行突破して逃げる方を選んだらしい。
 振り回される刃物に驚き、野次馬たちが逃げ惑う。
 その混乱の中、フィリアンは右往左往する人々に突き飛ばされて転んでしまった。それを目ざとく見つけ、男が短剣を振りかざして突進してくる。
「きゃ…!」
「しぶとい野郎だ!」
 ロッドが男に体当たりしてふっ飛ばし、急いでフィリアンを助け起こす。
 と、そのとき雄叫びが喧騒を押しのけるように轟いた。
 振り返れば、人々をかき分けて突撃してくる一団がいる。
 彼らは手に銛や櫂を握り締め、短剣を持った男たちに果敢に襲い掛かっていくではないか。
 その先頭にいる男を見て、エイミィが嬉しそうに声を上げる。
「父さんだ!」
「おう!父ちゃんに任せときな!」
 漁師らしく真っ黒に日焼けした筋骨逞しい男は、エイミィの父親だったのだ。そして彼に続いてやってきたのは、漁師仲間のようだ。
 屈強な漁師たちの反撃に、男たちが見る見る叩きのめされていく。
 その隙にロッドはフィリアンとエイミィを連れ、人込みに紛れてその場を離脱した。

 ロッドとフィリアン、そしてエイミィとその両親は、宿の前で向き合っていた。
 すっかり暗くなっているが、宿の表にかけられたランプの灯りで、互いの顔は判別できる。
 あのとき娘の言い置いた言葉にただならぬものを察した母親は、湖で働いていた父親のもとへすぐさま走った。そして話を聞いた父親は腕っ節の強い漁師仲間を集め、駆けつけてくれたというわけだ。
 その結果、襲撃者たちは叩き伏せられた上に役人に突き出されてしまった。
 きっかけとなった泥棒云々ではなく刃物を持って暴れた罪で捕まったのだから、当分は出てこられまい。今のところは一安心だ。
「本当は一杯やりてえところだが、明日早えんだろ?」
 エイミィと目元がよく似た真っ黒く日に焼けた顔を見上げるフィリアンの瞳に揺れるものは、ランプの灯り程度では暗くて見えない。
 屈託も何も吹っ飛ばしてしまいそうな闊達な笑顔でロッドとフィリアンの肩を叩き、
「しょうがねえからここでお別れだな。兄ちゃんも嬢ちゃんも気をつけて行けよ。」
 あっさり言った言葉に、フィリアンとエイミィが思わず「え?」と小さく声を上げる。
 ロッドは何事もなかったかのように挨拶を返し、
「じゃあなエイミィ。また崖から転げ落ちたりすんなよ。」
 ロッドが平然としていれば、フィリアンもそれに倣う。
「今日はありがとうございました。ご両親を大切になさってくださいね。」
 微笑まれ、狐につままれたような顔で頷くのも忘れている。
 父親に促されて歩き出しながらもわけがわからず振り返ると、どことなくへこんだ様子のロッドの隣でフィリアンが小さく手を振っていた。
 慌てて手を振り返してから、
「…ねえ、父さん。」
「あん?」
 ぐるぐるとまわっていた疑問が、ようやく口をつく。
「嬢ちゃんて…あの人、女の人?」
「ああ?ありゃどう見たって女の子じゃねえか。」
 あっさり答えが返ってきた。
「え?でも…」
「兄妹にゃ見えねえし、あの兄ちゃんのこれってとこか。」
 エイミィは、金魚のように口をぱくぱくさせることしかできない。
「男の格好してたってか?旅するにゃ、そっちの方が便利だからだろ。おまえ、男だと思ってたのか?」
「え?だって…えええええ!!」
 憧れの白馬の王子様と思いきや、女であったとは。
 娘の勘違いに、大笑いする父親の声が夜の湖に響いた。



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