Blade!!


<四>



 あの朝以来、ロッドの顔色が悪かった。
 …俺って絶対ヘンだ…
 自己嫌悪にまみれた悶々とした自問自答は、答えはわかっているというのに終わることがない。
「…いや、女がいいに決まってる。」
「はい?」
 いきなり呟いたロッドをフィルは不思議そうに見上げ、
「女性が羨ましいのですか?」
「いや、そういう意味じゃない…」
 フィルに何を言っても無駄である。ロッドは大きなため息を吐いた。
 妙な空気(それを感じるのはロッドだけだが)が澱んだまま歩き続けるが、もちろんただのんびり歩いているわけではない。
 いつフィルを狙う暗殺者が現れるか知れず、どうでもいいことを考えながらも、常に周囲の様子を伺っていた。
  ごとごとと石畳を打つ、馬車の車輪の音が聞こえてくる。前方から、農夫が藁を山積みにして痩せた馬に引かせてやってくるのが見えた。

 その荷馬車とすれ違い、数歩進んだとき、ロッドはフィルを前に突き飛ばすようにして大剣を抜いた。
 手綱を放り出した農夫が飛び降りるのと、荷馬車の藁を押しのけて中から三人の男が飛び出したのはほぼ同時だった。四人とも、農具ではなく剣を持っている。
「変装するなら、もうちょいそれっぽくやりな!」
 愛用の大剣を構えるロッドの後ろで、フィルも慌ててレイピアを抜いた。
「男には構うな、後ろのガキを殺れ!」
「そうはいくか!」
 一人がロッドに斬りかかったが、その剣を受け止めず、体を開いてかわし、その隙に脇を摺り抜けようとしていた男の足を斬り払った。そのまま返す刃で最初に斬りかかった男の剣を弾き飛ばし、肩口から斬り下げる。
 仲間二人が犠牲になった間に、一人がフィルのところにたどり着いていた。フィルを助けに行こうとすると、農夫に姿を変えた男がロッドの前に立ちふさがった。
「どこの馬の骨か知らないが、我々の邪魔をするなら容赦はしない。」
「馬の骨はお互い様だぜ。」
 刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。
 敵の剣を必死で受けるフィルは、あっという間に追い詰められていた。なんとか剣を受け止めたものの力負けして、薙ぎ払う刃に吹っ飛ばされた。
「ああっ…!」
 フィルの左袖が千切れ、血が飛んだ。
「フィル!」
 ロッドの視界の中でフィルが転倒し、男が止めを刺そうと剣を振りかざす。
「邪魔だっ!」
 農夫姿の男の体をロッドの大剣が刺し貫く。そしてベルトに差したナイフを素早く抜き様、投げつけた。
「ぐわっ!」
 ナイフは男の背中に突き刺さり、身を大きく仰け反らせる。
 ロッドは大剣に突き刺さったままの農夫姿の男を蹴飛ばして刃を引き抜くと、フィルを斬ろうとしていた男を叩き斬った。
 男が血飛沫を上げて倒れるのを見もせず、フィルに駆け寄る。
「斬られたのか!?」
「だ、大丈夫です…」
 何とか身を起こしたフィルの、左腕を押さえる手をどけて傷を診ようとすると、腕は大きな服の奥の方にあった。
「ゆるい服に救われたな、傷は深くない。」
 腫れてもおらず、毒の心配もないようだ。大事無さそうなことに安堵して、フィルが持っていた白いハンカチで傷口をきつめに縛る。
「休める場所を探して、そこでちゃんと手当てしよう。」
 傷が浅いとはいえ、斬られたショックは大きかったようだ。真っ青な顔で懸命に平静を保とうとしているフィルの荷物を持ってやり、
「お前みたいに弱い奴は、そういうでかい服着てるといいな。どこ斬ればいいかよくわからなくなる。」
 返事の代わりに微笑もうとしたが、痛みのせいでうまくいかなかった。

 ロッドは街道の側を流れる小川を見つけ、道を外れてその小川を遡った。少し行くうちに、岩壁に沿ってささやかな滝があり、小さな滝つぼには透き通った水が湛えられていた。
 ロッドが一口飲んでみると、冷たすぎず、清らかな水が喉を喜ばせた。
「これなら傷洗うのにちょうどいいな。」
「はい。」
「ちょっと周りの様子を見てくる。」
 ロッドが滝のある岩壁の陰に回って見えなくなったのを確かめてから、上着を脱いで左袖をまくった。上腕部なので脱いでしまった方が早いだろうに、何故か脱ごうとしない。
 フィルの腕は細かった。筋肉とも贅肉とも無縁な、ほっそりと華奢な腕だ。この腕では、剣を使うことなどどだい無理があるというものだ。ロッドの筋肉で盛り上がった逞しい腕とは対照的だ。
 沁みるのを我慢しながらロッドに教わったとおりに傷を洗い、傷薬を塗る。ロッドが戻ってきたときには、片手でなんとか包帯を巻こうと格闘しているところだった。
 その腕の細さに一瞬眼を見張ったが、朝までやっても巻けそうにない包帯を奪い取り、手際よく巻いてやった。
「まだ痛むか?」
「もう大丈夫です。ご心配をおかけいたしました。」
「ちょっとこっち来てみろ。」
 ロッドに促されてついて行くと、岩壁の向こう側に手ごろな窪みがあった。その下に人間二人が潜り込むスペースはある。
「今日はここで休もう。次の町までまだありそうだからな。今のおまえじゃ、そこまで行けないだろ。」
「僕なら、大丈夫です。」
「そんな真っ青なツラして、何言ってやがる。」
 傷の程度より、斬られた恐怖のせいだろう。フィルは今にも貧血を起こして倒れそうな顔色をしていた。
 頷きながらも、フィルは少し不安そうであった。恐らく、乳母日傘の坊ちゃんは野宿など未経験のはずだ。
 それでもロッドに従ってここで一晩を過ごすことにし、火を起こした。乾いた秋の枯れ枝は景気よく燃え上がるが、フィルはその火からさりげなく目を逸らした。
 フィルは裂けてしまった服を、困った顔で見た。
「袖が破れてしまいました…。上着の替えなどは、以前襲われて逃げたときになくしてしまいましたし…」
「じゃあ繕っとけよ。」
「繕う…?」
 どうやら衣服を繕うという発想がなかったようだ。これではきっと持っていないだろうと思い、針と糸を貸してやる。
 フィルはそれを受け取ってはみたが、何やら手つきが危なっかしい。第一、針に糸を通すことができないでいる。
 一所懸命に狙いを定めているのだが、糸はふらふらとどこかへ行ってしまい、何度挑戦しても失敗している。
「お前、目悪いのか?」
「いえ、いい方なのですが…えいっ!あ…」
 気合を入れれば通るというものでもない。見ている方がだんだんいらいらしてきて、ついにロッドが身を乗り出した。
「おい、貸せ。」
 そう言ってフィルから針と糸を取りあげると、あっさりと通してしまった。
「わあ、お上手ですね!ありがとうございます。」
 フィルは感心しながら、糸の通った針を受け取り、ようやく繕いものにはいることができた。…が、これまた危なっかしい。
 玉結びを知らないのかいきなり服地に刺し始めた上、何やら妙な針の運び方をしている。繕いかたを知らない以前の問題らしい。またしても、見かねたロッドが横から手を出してきた。
「あー、いらいらする!お前、すさまじくぶきっちょな奴だな。繕いものってのは、こうやるんだよ!」
 フィルから上着を取りあげたロッドが、手際良く見事に繕っていく。フィルのほっそりとした指先より、ごついロッドの指の方が遥かに器用に動くようだ。
 あっという間に上着の破れ目を直し、フィルに返す。フィルは繕い跡も全然目立たない出来栄えをまじまじと見つめ、しきりに感心している。
「すごいです!ロッドは器用なのですね。」
「てめえでやらざるを得なかったからな。最初はヘタクソだったぜ。」
 尊敬の眼差しを送るフィルの左袖を引っ張り、
「こっちも破れてんの直すんだろ?ついでにやってやるからよこせ。」
「えっ!?こ、これは、け、結構です!」
 うろたえまくって首を横に振る。
「結構なわけねーだろ。穴が空いてると冷えるぞ。」
「で…では、このままで繕っていただけますか…?」
「はあ?」
 意地でも脱ぎたくないらしい。ロッドは呆れながらも左袖を引っ張り、
「わがままな奴だなー。」
「も、申し訳ありません。」
 中の腕に針先をかすらせもせず、きれいに繕ってもらったフィルは、またそそくさと上着を着た。どうも不審な行動をするが、特に詮索するつもりはなかった。
 さらに夕食に塩漬肉と野菜のスープを煮てやったが、炊事も一切やったことがなかったようだ。見事な筋金入りだと感心しつつ先程の不器用さを目の当たりにしているので、ロッドは黙って自分で全部やった。
「さてと。」
 簡単な夕食を食べ終えたロッドが立ち上がる。
「水浴びしてくる。」
「どこでですか?」
「そこの川だよ。」
 少し驚いたらしいフィルは、外で入浴などしたことがないのであろう。
「まあ、お前は朝になってからにしとけ。夜に水浴びたら風邪ひきそうだからな。」
「はい…」
 滝つぼへ向かうロッドの背中が見えなくなると、フィルは明るく燃える焚き火に目をやった。
「……。」
 かすかに息を呑んで再び目を逸らし、急いでロッドを追って滝つぼの方へ走った。
「ロッド!焚き火はあのまま…あっ!!」
「ん?」
 傭兵の行動は早い。もうさっさと服を脱いで川の水に入っていた。
「焚き火がどうかしたか?」
 その場で硬直したフィルの顔が、赤くなったり青くなったりしている。
「なななな、な、何でもありませんっっ!」
 ほとんど悲鳴に近い声で叫ぶや、慌てて逃げ出してしまった。後に残ったロッドは、何が何だかわからずに呆然としている。
「何だ?」
 岩の窪みに飛び込んだフィルは、真っ赤な顔を手で覆ってわなわなと震えていた。心臓が爆走し、もはや鼓動になっていない。
「な…何てこと…」
 結局フィルはロッドが戻ってきても顔を見ることができず、マントをかぶって寝たふりを決め込んでしまった。
 やがてフィルが疲れに負けて本当に眠ってしまった頃、ロッドは焚き火にあたっていた。
「…本当に変な奴だな。」
 フィルは、最初からどうも変なところがあった。怪しいとか胡散臭いとかいうのではないが、行動が何か変なのだ。それだけでなく、その存在自体にも違和感を感じる。それは世間知らずの坊ちゃんだからということでは片づけられないものだ。
 眠るフィルをちらりと見ると、マントにくるまったフィルの白い頬が焚き火の赤い光を照らし、何とも美しい。
「う…っ」
 突如、あの朝のことを思い出してしまった。全身に鳥肌が立つのを覚え、頭を抱える。
「な、何でだっ!?俺はフツーだノーマルだっ!なのに何で…!」
 フィルに見つめられたり笑顔を見たりすると、胸が高鳴ってしまう。おまけに、下半身まで反応してしまったのだ。今までにフィルほどではなくても美少年くらい見かけたことはあるが、こんなことになったのは初めてだ。すさまじい自己嫌悪に陥りながらも、どうしても何かがうずいてしまう。女に対して感じるものと変わらないのだ。
「何か俺、金に目が眩んで世にも恐ろしい仕事引き受けちまったような気がする…」
 人格崩壊の危機が迫っている。それもこれも、総てフィルのせいだとその可憐な寝顔を睨み付けるが、どうも調子が外れる。
 顔の造形もさることながら、肌も真っ白くて艶やかで、絹のような髪からはふんわりと花のような甘い香りがする。本当に少女のように美しい。いや、女でもこれほどの美形は希だ。
「声も高いわ、やたら細いわ、どうせなら女だったら俺もこんな悩まずにすんだんだぞ。」
 自分で言ってみて、はっとした。こいつ、本当に男なのだろうか?自分の体は絶対に見せようとしないし、自分が水浴びしているのを見たら大慌てで逃げてしまったではないか。そう考えると、これまでの違和感も納得がいく。
「まさか…?」
 確かめてみようか。どうやって?胸を触るか、股間を触るか。いや、どちらにしても自分が変態扱いされるのは目に見えている。女だったら痴漢、男だったら変態だ。
「でっ…できねえ…」
 すさまじく気になるが、自分という人間を守るため、とてもできないことであった。
「えーいくそっ、どっちでもいい!いつかわかんだろ!」
 ロッドはやけくそ気味に手近にあった枝を折り、焚き火に投げ込んだ。そして眠るフィルを睨み、
…このくそガキ…男だったらもう絶対甘やかさねーし、女だったら犯すぞこん畜生!
 口の中でぶつぶつ言いながら自分を睨み付けるロッドの悩みなど、フィルはこれっぽっちも気づいていなかった。

 小鳥のさえずりが木々に木霊し、秋の朝の清冽な空気が肌を刺す中、フィルには内緒で寝ずの番をしていたロッドは滝の上にいた。そこにクコの実がなっているのを見つけ、採っていたのだ。
 ロッドが戻ってきたとき、フィルはいなかった。マントが隅に置いてあり、どうやら今の間に目覚めていたらしい。
 どこに行ったのだろうと見回したロッドの耳に、小鳥のさえずりとは別に水の跳ねる音が聞こえた。
「フィル?」
 ロッドが滝つぼの方へ歩いて行くと、岩壁の下、朝の木漏れ日を受けて美しく煌くものがあった。
 透明な水に半身を沈めたその後ろ姿は、水滴と木漏れ日とで輝いている。白磁のように真っ白い肌に滑らかな線を描く華奢な体、持ち上げた腕の下から覗く柔らかな曲線は、紛れもなく女の乳房であった。若い女の美しくしなやかな背中に、水面に照り返された光がゆらゆらと揺れている。
 そのあまりの美しさに心奪われ、ロッドは我知らず一歩踏み出した。
 靴の底で、小枝が悲鳴をあげる。
「!」
 小さな音だったが、その女に存在を気づかせるには充分だった。
 はっとして振り返った女の顔は…
「…あ!」
「きゃ…!」
 慌てて水に肩まで没したその女の顔には、見覚えがあった。
「フィル…!」
 ロッドも、驚きを隠せない。フィルは黙って背を向けたまま、俯いている。
「お前、やっぱり女だったのか…」
 予想していたこととは言え、ここまで美しいとは。あの大きすぎる男の服の下には、ほっそりとした優美な体が隠されていたのだ。
「…ご、ごめんなさい…しばらく、向こうを…」
「あ、ああ…」
 か細い声で頼まれ、やっと今の状況を思い出して岩壁の陰に戻った。女としてのフィルの声はいつもよりもう少し高く、甘く優しかった。あれでも一所懸命低くしていたらしい。それにしても、と思ってしまう。どうして最初に気づかなかったのか、今となってはとても不思議だ。
「もう…大丈夫ですわ…」
 言葉遣いも女に戻っている。が、そこにはいつもの少年フィルがいた。それでもその頬を赤らめた表情はぐっと女っぽく見える。
「嘘をついてしまって申し訳ありませんでした…私は…ご覧の通り、女です…」
「そんなこったろうと思ったぜ。で、どこまでが嘘で、どこまでが本当なんだ?」
「…仇のことは総て本当です…。ただ、私自身が…」
「フィルっていう名前は?」
「…兄の愛称を使わせていただいたのです。私の名は、フィリアンです。」
「本当の年は?」
「先日、十七になりました…」
 世にも希なる美少年と思いきや、花も恥じらう絶世の美少女であったフィルことフィリアンは、下を向いたままだ。嘘をついていたのを申し訳なく思っているのだろう。
「何で男の振りを?」
「追手の目を欺くためです。」
「なるほど。まあ、手っ取り早い手だな。」
「女の…助太刀はお嫌ですか?」
 恐る恐る尋ねるフィリアンは、ロッドが怒ったと思っているのだろうか。
「別に、礼さえもらえればどっちだろうとかまわん。」
「では、このままご一緒して…」
「いただけるよ。野郎より女の子の方が守り甲斐もある。」
 ロッドが笑みを浮かべると、フィリアンは心底嬉しそうだった。ロッドはとんだ取り越し苦労をしていた自分に対する自嘲ともつかない笑みを浮かべたかと思うと、すぐに真顔になり、
「フィル、いや、フィリアン。俺にばれちまっても、仇討つまではフィルでいろよ。」
「はい。」
 真剣に頷くフィリアンに、ロッドは思わず口元を緩め、
「でも他に誰もいなけりゃ、フィリアンでいいぜ。」
「はい?」
「ずっと男の振りなんて、お前にゃ無理があるからな。必要でなけりゃ女でいいよ。」
「あ…はい、わかりました。」
 ロッドとしてもその方が落ち着く。フィルが実は女の子であったことで、総てが解決したのだ。どうやら本能は外見に惑わされず、しっかりとフィリアンの女の匂いを察知していたらしい。
「はあ…俺やっぱノーマルだ…」
「何か?」
 思わず口走った言葉を聞きつけたフィリアンが、無邪気に見つめる。
「あ、いや、何でもねーよ!はは、は…」
 フィリアンが女なら、朝にナニがどうしようと何の問題もないのだ。これで人格崩壊せずにすむ。ロッドがそんなことに胸を撫で下ろしているとは、フィリアンは知る由もなかった。
「正直に申しますと、私が女だということが知られてほっといたしました。」
「ま、おまえじゃかなり無理があるもんな。」
「ええ、それに眠るときまで男装していなくてはなりませんでしたのよ。」
 思わずどきりとした。脇から覗き見えただけだが、あの形のいい双丘を晒などで巻き締めていたのでは、さぞ苦しかっただろう。
「よく俺なんかと一緒の部屋に泊まれたな。」
「はい。殿方と同じお部屋を使ったのは初めてです。ですけれど、お風呂や着替えなどの他はこれといって問題はないのですね。」
「あー…」
 にっこりと笑う顔には邪気のひとかけらもない。
「ロッドがお風呂上りになかなかシャツを着てくださらないのは、困りましたけれど。」
「こりゃ見苦しいもんをお見せいたしまして。」
 殿方の裸など見たこともないフィリアンは、上半身を見ただけでひっくり返りそうになってしまうのだ。昨夜のことも、ロッドが後ろを向いていなかったらどうなっていたことやら。
 思わず口元が緩みまくる。この様子なら、赤ん坊はコウノトリが運んでくると本気で信じていることであろう。かわいいじゃねえか。
 一度でも下心が首をもたげると、もう引っ込んではくれない。フィリアンの男装姿を見ても、ついあの後ろ姿が浮かんでくる。両手で鷲掴みにできそうなほど華奢な腰、柔らかそうな乳房、小さくて可愛らしいお尻など、是非とも征服してみたい。
…お嬢さんが一人旅して途中で襲われるなんざ、よくある話だよな…
 ついそんな考えさえ浮かんでくる。
「真剣なお顔をなさって、どうかなさったのですか?」
「わっ!」
 はっと気づくと、フィリアンが正面から見あげている。どうやらロッドは真顔でそんなことを考えていたらしい。ロッドは慌ててごまかし笑いを浮かべ、
「あ、いや、何でもない!それより朝飯食おう、さっきうまそうなクコの実見つけたから…」
「まあ、楽しみです。」
 フィリアンが、嬉しそうに微笑んだ。まさに知らぬが仏である。
 こうしてロッドの悩みも総て解消された。
 …かに見えたが、これにより一層悩みが深まっていくことに、ロッドはまだ気づいていなかった。



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